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HIGHLIGHTS

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愛知県常滑市 常滑市民病院

150人のボランティアを生んだ設計プロセス

設計部 荒川康弘

2015年4月、悲願の移転・新築を果たした常滑市民病院。その完成を祝う式典で設計担当の荒川康弘は涙を流した。30年近いキャリアの中で初めての経験だ。目の前では職員有志の合唱団が、いきものがかりの「風が吹いている」を歌い上げる。その地に腰を据え、未来に向かって生き抜く決意を感じさせる力強い歌。荒川の心を揺さぶったのは何だったのか。ワークショップ方式で市民とともに進めてきた設計のプロセスをいま、荒川が振り返る。

まるで自分の家をつくるかのよう

建設候補地を初めて見に行った時、スーツ姿から建築関係と踏んだのか、タクシーの運転手さんがいきなり、「市の借金がこれ以上増えるのはごめんだ」と、建設反対を訴えてきたのには驚かされました。旧病院は1959年の開院です。過去2度、移転・新築の構想が浮上しながら、市民には毎年8億円前後の赤字を出し続ける経営への不信感が根強く、いずれも頓挫していました。それでも、片岡憲彦市長は2010年4月、新病院建設の特命担当として山田朝夫さん(前副市長)を市に招き入れ、経営改革を進めていました。その山田さんは2011年5月、新病院に市民の声を反映させようと「みんなで創ろう! 新・常滑市民病院100人会議」を立ち上げます。100人会議では、病院への不満をぶつけていた参加者がその存在に感謝している人も身近にいることに気付き、どうすれば病院を存続できるかという視点に立ち始めるなど、新病院建設への風向きは徐々に変わり始めていたそうです。
公開プレゼンテーションを経て私たちが設計者に選ばれたのは、2012年3月です。その5カ月後には、設計にも関わりたいという100人会議参加者からの要望を受け、会議に参加していた市民の一部と病院職員の計30人近いメンバーでワークショップが始まりました。設計案を描いたA1サイズの図面をテーブルに広げ、それに対して意見を出してもらうという進め方です。参加者のみなさんはまるでご自分の家を設計するかのように、やる気満々でした。設計者としてはドキドキでしたね。
例えば長く暗くなりがちな病棟の廊下に対して、「ちょっと休む所が欲しい」「おしゃべりできる椅子があるといい」などの声が上がりました。そこで、廊下に面して並ぶ病室を一つ、別の場所に移し、空いたスペースに窓を設け、椅子を置き、デイコーナーに仕立てました。床面積は増えるのでコストアップにつながりかねませんが、工事費全体の中でバランスできるように対応策を改めて検討し、予算内で納めています。

「いい病院を」

設計に反映できそうな意見は、その場で図面に描き込みました。イメージに合えば、その意見を出した方は、「あっ、それ、それ」と返してくれます。そういうコミュニケーションを取ることで、自分の意見が具体的にどう反映されるのか、図面上で分かります。みなさん、意見が反映されると分かって、ワークショップへの期待度はだんだん膨らんだと思います。「いい病院をつくろう」という意欲も、どんどん高まったように感じました。
建物の完成を祝う式典の舞台は、エントランスホールでした。ここには、地元の中高生や病院職員ら2912人が制作に携わったタイルの壁画が飾られています。デザインしたのは、公募で選ばれた地元の高校生。発案者は山田さんです。病院の顔である空間に高校生のデザインを常設することに設計者として不安も感じましたが、この熱意は受けとめなくては、それなら空間としての完成度を高めようと、気づけば協力を買って出ていました。
その場所で職員有志の合唱に耳を傾けるうち、ぐっとこみ上げてくるものがありました。病院の再出発を前に職員が一丸となっている、その姿に感極まったのです。市民の間にも、100人会議やワークショップをきっかけに「自分たちの病院」という意識が広まり、いまでは150人もの市民がボランティアとして病院の運営を支えています。
ワークショップ方式で設計を進めていくのは正直、大変です。でも、振り返れば楽しい思い出ばかりが鮮明によみがえり、この新病院建設に携われた喜びを思い起こすと、もう一度やってみたいという気持ちが強く湧いてきます。



写真提供:建通新聞社