日建ソリューション

タワー

日建設計がタワーを手掛けた発端は、1954年竣工高さ184mの名古屋テレビ塔、1957年札幌テレビ塔、1958年高さ333mの東京タワーです。時代は我が国が戦後復興に目途が付き、漸く経済成長期の入り口に辿り着いた時期に当たっていました。この時代の建築物は、日本の経済力がいまだ低いレベルにあり、特別なもの以外は実用性に重点を置きコスト低減が設計の大きな課題となっていました。また、耐震設計技術がいまだ発達していず、1923年関東地震で崩壊した「浅草十二階(凌雲閣)のトラウマ」が影を落とし一般の建築物には高さ31m以下の制限があった時代でした。東京タワーは放送各局がTV放送開始に対応し集合アンテナ支持塔として計画されました。構造体は、耐震的に有利であることより鋼構造が選択され、エッフェル塔で付加されていた装飾物のない、単純明快なトラス形式の設計となりました。装飾物がないため使用鋼材料量は、ほぼ同じ高さのエッフェル塔の約半分の3400tonとなっています。この意味で、これらのタワーは実用性が最大の設計課題となったものです。
時代が進み、1963年竣工の高さ108mの神戸ポートタワーは、実用性に加えモニュメント性に配慮し他ものとなっています。このタワーは用途が港を俯瞰する観光用展望タワーであったため、EVと階段のシャフトの外部に顕わしで設ける鉄骨部材の構成をボルト接合による小径の鋼管を主体とし、シルエットを鼓(つづみ)状とすることにより、塔体足元の安定と展望階の広いスペース配分の両立を図りながら、美観性の追求を行ったものです。
神戸ポートタワーの美観性追求の延長線上にあるのが、1986年竣工高さ125mの千葉ポートタワーです。これは観光用展望タワーであるとともに千葉県民人口5百万突破を記念したモニュメントであるため、通常のタワーの形状を払しょくする意味で、ハーフミラーガラス外装材で全体が覆われたタワーで、眺める方角により形が変わる菱形平面のシンプルな角柱としてデザインしました。これが我が国における外装材で覆われたタワーの先駆けとなりました。
千葉ポートタワーと同様のコンセプトで設計されたものが、1989年高さ234mの福岡タワーと1994年高さ143mの秋田ポートタワーです。福岡タワーは、福岡におけるTV放送の集合アンテナ支持塔ですが、博多湾と福岡市街とを展望する観光用タワーであり、敷地一帯で開催されたアジア太平洋博覧会のランドマークタワーとして計画されました。モニュメント性を高めるためにハーフミラーガラスで覆う点は千葉ポートタワーと同様ですが、タワーの平面形は正三角形とされ、辺の中央部にくびれを設け壁面に写りこむ風景を変化に富むものとし、塔体頂部を斜めにカットしてシルエットが整えられ、その上部にアンテナ支持塔を搭載しています。そのシンボリックな姿は福岡市における重要なランドマークとなっています。平面形を十字星型とした秋田ポートタワーも同様のコンセプトにより設計したものです。
千葉ポートタワー、福岡タワー、秋田ポートタワーはいずれも耐震性の観点から構造体は鋼構造が採用されていて各階に床がないため、通常の超高層建築物と比較すると塔体は軽量であり、耐風設計が設計の中心課題となります。これらを外装材で平滑に覆うと、骨組のタワーと異なり受風面積が大幅に増え構造体コストに大きな負担となりますが、さらに風が構造体の隙間を通り抜けず塔体の両側に振り分けられ、風の流れが塔体の後方で合体して渦(カルマン渦(うず)と言われている)となるため、塔体を風向直交方向に揺する現象(渦励振と言われている)が発生します。この渦励振は塔体の平面形状によりやや異なりますが、タワーの固有周期(揺れるスピード)が長い(ゆっくり揺れる)ほど、風の平均風速が小さい範囲で発生します。そのため、千葉ポートタワーの高さ125m、福岡タワーの高さ234m程度までは、渦励振は塔体に搭載した制振装置(チュンド・マス・ダンパー)で振動を制御することが可能ですが、高さが300~400m程度と高くなるとゆっくり揺れるタワーとなるため制御が不能となり、日常で発生する風においても、展望階に入場した大部分の人が不快を感じる居住性が悪いものになります。

さて、21世紀を迎え、東京タワーの後継となる高さが600m級のタワーが計画されるようになりました。この高さのタワーは我が国では当然初めてのものでもあり、世界の500~600m級タワーが建設されている地域と比べても、建設地の地盤の条件、地震の強さと発生頻度、強風の強さと発生頻度も大きく異なります。因みに、他国のタワー建設地と比べ東京は地震力が2~3倍大きく、風圧力が1.5~2倍も大きいのです。このタワーは名前が東京スカイツリーで、高さが634mとなりましたが、このタワーに出した日建設計の解答は以下のようになります。
地震国であり敷地地盤が岩盤ではない環境のため、耐震性確保の観点から構造体は鋼構造となりました。鉄筋コンクリート造とすると塔体の重量が増え地震力が大きくなり、塔体の強度としては負担が可能だとしても、軟弱な地盤に設ける基礎が浮き上がりも含めて大きな力の負担に耐えることができないためです。
また、千葉ポートタワーや福岡タワーのように塔体を外装材で覆うことはしませんでした。これは前述のように、風が塔体の隙間を通り抜けるようにすることにより、渦励振を発生させないことを意図したものです。タワーの固有周期は高さに比例して長くなります。このタワーで渦励振が起きると台風でなくともちょっとした風が吹くと閉館しなければならなくなるからです。
したがって、外装材でモニュメン性を高めなくとも、構造体そのものを洗練したシャープなものとすることによりモニュメント性の高いランドマークとなることを目指しました。そのため、構造体の構成部材を全て鋼管とし、部材接合を現場溶接で行い、部材配置に均一な規則性を持たせることにこと、により洗練さを追求しました。
この解答が可能であったのも、日建設計の、地震動や強風に関する深い理解、制振装置による振動制御技術、基礎の構築に関する技術と経験、鉄骨の設計と製作に関する知見および品質管理の経験から、導かれたものです。
このようなタワーの系譜をたどり、東京スカイツリーは2012年5月に開業を迎えました。