市民に愛された姿をそのままに 現代に求められる性能向上を実現させた「米子市公会堂」

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庶民に親しまれた建築は、やがて都市のシンボルとなり、多くの人々にとってかけがえのないスポットとなります。しかし建築は形あるものの宿命として、劣化したり現行法に追いつかない部分がどうしても出てきます。そしてその度に、人々は大規模改修にするか建て替え工事にするかの2択を迫られてきました。理想としては、その建物に親しんできた人々の想いを汲んで、建物の造形はそのまま受け継ぎたいところです。そのうえで、耐震などの機能を改善する改修工事を行う事ができたらよいでしょう。しかし実際は、既存部との兼ね合い、不確定要素などから、建て替え工事に至ることが多いかと思います。

日建設計が「米子市公会堂」の大規模改修工事に取り組む時に一番気をつけたのは、公会堂を愛した人々の想いを汲むことでした。そのため、元の姿を可能な限り維持しつつ、抱えていた課題をクリアして性能の向上に努めました。いかにして、古くから親しまれている建物を生まれ変わらせていくか。日建設計が人々の想いを大切にしてきた姿勢を、「米子市公会堂」の事例をもとにご紹介します。

米子市公会堂が改修工事をするまでに至った経緯

米子公市会堂は1958年に開館して以来、長く市民に愛されてきた公共建築物です。設計者は近代建築の巨匠、村野藤吾氏。市民に親しまれている理由には市民文化の拠点としての機能や建築物としての価値だけでなく、その建設に至った背景があります。

米子市公会堂は市民の努力と願いによって建てられました。財政難の市に代わって建設費を補填しようと、自治体会を中心に1世帯が1日1円貯めるという「1円募金」などによって建設費の一部が集められたのです。その総額は、当時の建設費の約1/6である3,000万円まで集まりました。
また1980年に大規模改修工事が再度村野藤吾氏によって行われたり、公共建築100選に選ばれたりするなど、米子市の顔として長い間市民に愛されてきました。

しかし2009年、耐震診断により0.6以上が安心と言われる構造耐震指標Is値が0.15しかないという結果が出てきてしまいました。Is値は建築の強度、粘り強さ、形状、バランス、経年劣化を総合的に判定するもので、その結果は米子市公会堂を「維持」か「閉鎖」かの2択に追い込みました。
そうした中で市は、市民の文化復興、中心市街地の活性化など公会堂が果たしてきた様々な役割を考慮し、維持存続することに決定。耐震改修工事への計画がスタートしました。

改修工事をするために日建設計が気をつけたポイント

耐震改修工事の命題は、市民や村野藤吾氏の思い入れが強い公会堂の雰囲気を残しながら、耐震補強を行いかつ建物としての性能を向上すること。しかし特徴的な形状や劣化の度合いのが進んでいるため、昔の造形を残すのは至難の仕事でした。

その上、調査の結果、多くの課題が浮上しました。
  • 屋根の接合部が不十分で剛性が不足している。
  • 切り上がった客席部分が地面に接していないことから、荷重が適切に伝達できていない。
  • ホール天井は落下防止の観点から改修必須。3次曲面で構成され複雑で、竣工図面も現状と異なるため正確な計測が必要。
  • ホールにおいて音響は適切だが、屋外の音が聞こえてしまい、静粛性が課題。
  • 外装も劣化が進んでおり一部撤去必要なものが多数。当時の外装である塩焼タイルは現在製造中止であり、当時のメーカーもなくなっていたため復元が困難。

以上のように、米子市公会堂の改修工事は建築時の図面を慎重に見合わせて計画するだけでなく、現状をよく把握して解析することが必要でしたが、日建設計は米子市公会堂に親しんできた米子市民や、人々の想いに心打たれた村野氏の意思に配慮し、困難を乗り越えていきました。

昔の姿を再現するため、素材は可能な限り再利用

米子市公会堂は何と言ってもグランドピアノを模したと言われる外観が特徴的です。シンボルとも言える外観を決定づける屋根は、形をそのままに軽量な材料で新設し、大梁を取り替えることで、この建物の象徴とも言えるシルエットに配慮しつつ、軽量性と剛性を充足することに成功しました。

外観にも内観にも影響を与えている、せり出している客席部分も改修工事の大きなポイントの一つでした。不安定であった段床を耐震要素にできるという解析の結果をもとに、客席部分と関係する床やホールとホワイエ間の壁を、荷重を伝えるための耐震壁として改修。不安定であったせり出し部分を構造要素として転換し、2つ目のスパンまで引き込んだことで、形状そのままに合理的な荷重の流れをつくりだすことを実現しました。

3次元で複雑、かつ当時の図面が正しくなかったホール天井は、再現性にこだわった結果、3次元スキャナーによって正確に再現することに成功しました。
内装は特徴的な劇場扉の押し引手や湾曲した壁見切り、木製手すりなどを再利用して、雰囲気や手触りを受け継いでいます。

改修前の内装

3次元スキャンのデータを用いたスタディ

再利用した押し引手、壁見切り、木製手すり

静粛性の向上には、雰囲気を損ねないように新しい機材などは使用せず、扉の更新や屋外に通じている換気口を改修しました。これにより、屋外騒音はほぼ聞こえないほどに改善。さらに、騒音が生じていた空調機器の更新により、改修前以上の静けさを実現しました。このままでも適切な音響環境は実現できましたが、日建設計は更なる機能向上を目指して、反響面である天井の下地材や床仕上げ材を工夫。雰囲気そのままに豊かな響きあるホールへと生まれ変わりました。

外装は、可能な限り以前の見た目を維持するため、状態のいいタイルはそのまま使用しました。劣化していて変更が必要な部分は、モックアップを9回も作り直して使用するタイルを決定。新旧のタイルを織り交ぜながら違和感なく配置して、新築当初の建物のイメージを復活させることができました。

改修前の外壁タイルの状況

  • 窯元での外装タイル試作品確認

  • 外装タイルモックアップ確認状況

外壁タイル張替範囲(未着色は特殊ピンニング工法)

改修後の外壁

現在も人々に愛される米子市公会堂へ

公会堂存続を切望する市民の声によりスタートした本プロジェクトも、2014年2月末に竣工し、新たに生まれ変わった公会堂を市民のもとにお戻しすることができました。

構造耐震指標はIs0.7を確保し、現代に求められる性能向上を実現しながら、当時の雰囲気そのままに改修工事が終了。市民にも愛され、文化的にも価値ある建築物を更新する至難の仕事を達成しました。
もちろん、建物を建て替え工事する選択肢も大いにありました。しかしどの建物にも、設計した人の想いや、建物を使用した人々の想いが詰まっています。

建築設計において必要なのは、技術や経験と同じくらい、その建物を愛する人々の要望や想いを汲むことだと日建設計は考えています。多くの試練を乗り越え、昔の姿を可能な限り再現することに成功した米子市公会堂が、これからも世代を超えて米子市民に愛されていくことを願っています。

公会堂夜景

  • 江副 敏史

    江副 敏史

    デザインフェロー

    1980年、京都大学卒業後、日建設計に入社。専門は建築意匠設計。「大阪ワールドトレードセンタービルディング」(1995・256m)、「中之島フェスティバルタワー」(2012・200m)、「フェスティバルタワーウエスト」(2017・200m)などの超高層オフィスビルの実績を持つ。また「フェスティバルホール」(2012・2700席)、「兵庫県立芸術文化センター」(2005・2141席、800席、400席)「神戸国際会館」(1999・2022席)など日本国内トップレベルのホール建築の設計を担当。他に「大阪弁護士会館」(2006)、「福山市中央図書館」(2008)などの建築の素材感と構造の力強さを生かした設計で、数多くの建築賞受賞。
    1級建築士、インテリアプランナ、APECアークテクト。

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