新型コロナウイルスにより
もたらされる新しい社会に向けて
~with, after そして next Corona~

日建設計 チーフデザインオフィサー 山梨知彦
(役職は公開時のものです)

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 コロナに対する鮮明な印象が残っているwith Corona の今こそ、after Corona の建築や都市、そしてnext Corona(以下、単にwith、after、nextと表記)を考える最適なタイミングかもしれません。ここでは未来を断定するのではなく、想定できる複数のシナリオからそこに共通するものをあぶり出し、その備えを考えるというアプローチで、with、after、そしてnext の建築や都市の計画やデザインについて考えました。

日建設計 常務執行役員 チーフデザインオフィサー 山梨知彦
(役職は公開時のものです)

コロナに学び、その後を考え、備える

 「コロナの後に何が起こるか」、多くのことが語られています。もっともらしく聞こえるものもありますが、根拠無く断定されたものも多そうです。
 コロナの教訓は、「先のことは、誰にも断言できない」ということで、将来を予測することはギャンブルのようだと言えそうです。人は惨事を目の前にするとその先も悪い方向に考える本能、ネガティビティバイアスを持つと言われていますから、with に将来を冷静に予想することは、至難の業と言えそうです。
 むしろやるべきは、シナリオプランニングの手法のように、将来に起こりえる事態を想定し、そこから現在の知恵では対応が難しいものを見出し、準備をしておくことではないでしょうか。
例えば、
  •  このwith に学び、想像力を働かせ、
  •  after に起こる複数のシナリオを描き、
  •  起こりえる「共通項」を見出し準備する
  •  さらには、コロナ後の新たな脅威、nextの「リスク」の中から、
  •  発生確率が低くとも、影響力が高いものを特定し準備する

 これができれば、最悪の事態を回避できるかもしれません。ネガティビティバイアスを利用して適切にシナリオを想定できれば、「共通項」に注力しつつ、「リスク」に余力を回せるため、悪戯な予測に振り回されて疲弊することは避けられそうです。

共通項を探し出す

 シナリオプランニングを使って、after の共通項が炙り出せないか考えてみましょう。例えば、after のワークプレイスを考えてみます。with では多くの人が在宅勤務やWeb 会議を経験し、リモートワークのリテラシーは一気に高まりました。しかし、こうした状況を見て直ちに「オフィスは不要になる」などと結論付けてしまっては、正にギャンブル。未来を断言するのではなく、起こりえる複数のシナリオを描くことが大事です。このケースでは以下のシナリオが描けそうです。
  •  after では、在宅勤務がメインになる
  •  反動によりフェイス トゥ フェイスの交流が重視され、よりオフィス志向が広がる
  •  いやいや、適材適所で、職種や業態により2 つのワークスタイルが混在する
 
 次に、これらのシナリオの共通項を探します。浮かび上がるのは、今後はオフィスも住宅も仕事場になり、どちらもワークプレイスを必要とする状況です。さらに、それらがWeb 会議システム等で相互に接続されなければなりません。言い換えれば、オフィスにも住宅にも、Web 会議を利用するワークスタイルを受け止められる新しい空間、技術、設備が共通項になるわけです。
 さらにこの中から、建築や都市で対応し解決した方が適切な項目を洗い出しデザインすることが、今、すべき準備になります。

予測困難な時代に、どうやって建築や都市をデザインするのか?

 対象を都市や建築に広げます。実はコロナ以前より、世の中の価値観は多様かつ複雑化し、予測の難易度は上がっていました。予測が困難になりつつある以上は、マスタープランを設定してそこへ進むこれまでの計画論に加えて、未来との向き合い方を持った建築や街づくりの手法を用意しなければなりません。 
 その一つとして、都市や建築の完成を建設完了時に置くのではなく、完了後も状況を観測し必要な微調整を繰り返しつつ、年月をかけて既存の都市の中にしっくりと座るように軌道修正を加えていく考え方がでてきました。その萌芽は1960 年代に書かれたジェイコブスの『アメリカ大都市の死と生』に遡れそうですが、最近では超高層建築などの大規模開発においてもそういった傾向が顕在化しています。特定街区制度を利用し超高層ビルに都市計画を掛け直すといった大胆な事例もあります。
 こうした微調整の繰り返しによる軌道修正型の建築や都市づくりを実践するためには、建築や都市の状況をリアルタイムに把握する技術が必要です。幸いなことに、デジタル技術の発展が役立つ状況になっています。新型コロナに関して携帯電話情報を使った感染者の行動把握の技術が、近い将来に建築と連動し、複雑な制御を建築に加えることができる日は近く、これが共通項となりそうです。

next Corona のリスクに備える

 シナリオプランニングが教えてくれるもう一つの重要な視点は、「可能性は低いものの、もし発生すれば重大な影響を引き起こすこと」の抽出と準備です。考えてみれば、3.11も今回のパンデミックもすべて想定外でしたが、実際に起こり、大きな衝撃をもたらしました。こうしたリスクに対する準備も「共通項」とともに重要です。
 デジタルに深く依存する「新しい日常」での最悪のリスクは、我々が頼りきっているデジタル情報インフラの停止や崩壊です。携帯電話やインターネットが全く作動しない世界です。モビリティがAI やIT により自動操縦され、建築や都市がIoT により最適制御され、あらゆる社会活動のベースがデジタルデータとなった近未来で、デジタル情報インフラが崩壊した悲惨さは、想像を絶するものとなるでしょう。
 当然このインフラ自体は、多重化、冗長化、自律分散化が図られていますが、リスク管理の視点からは、これとは全く異なる「系」のバックアップを持つことです。建築でいえば、自動制御が停止しても人手で操作できることや、自然の光や風が得られる開口部の確保といった、アナログかつプリミティブでルーズな側面が、next へのリスクヘッジになるわけです。皮肉ですが、デジタル化が進むほど、アナログ的な「ゆるさ」が不可欠になるわけです。 

建築をひらき、つなぐ

周辺とつながる動線が、そのまま内部空間を貫く:長崎県庁舎
写真:野田東徳/ 雁光舎 

  それでは、「共通項」と「ゆるさ」を持ち、微調整による軌道修正をも受け入れられる、建築や都市のデザインは、どういった方向に向かうべきでしょうか。
 近代建築の源流である摩天楼は、照明、空調、昇降機といった、「人工」の技術が実現し、その完璧な制御を目指して発展してきました。その結果、現代建築の多くが、外部から遮断された閉鎖空間となっています。しかしwith の中での三密の回避を経験し、そこに3.11 直後の計画停電時における経験を重ね合わせれば、今後の建築の外装やエントランス回り、地下鉄駅などを相互につなぐ公共通路で、今後考慮すべき共通項は、日本古来の建築に学び開放性を高め、外とゆるくつなぎ、自然の光や風を取り入れることになると思います。
 実はCorona 以前から、建物の外装を開いたり、アーバンコアにより複数の建物をつないだり、時間の経過とともに軌道修正を受け入れ、形を変えていく外装やつながりを持ったデザインを試みてきました。
 インターネットは日常となり、IoT で建築が接続され始めました。さらに物流がマタ—ネットと重なり、自動操縦化されるモビリティがそれを加速する状況が迫ってきました。デジタルのみならずモビリティやマタ—ネットともネットワーク化され、同時にリスクヘッジも兼ねて外部環境に開かれた建築タイプの登場と、その軌道修正により建築や都市づくりを行う、といった新時代の都市と建築の共通項が見えてきたような気がします。(拙著『切るか、つなぐか? 建築にまつわる僕の悩み』TOTO 出版、参照)
 after がいつ訪れるのか、私自身が一番腑に落ちたのは「それは、医学的に新型コロナウイルスが駆逐された時ではなく、人々が恐怖心を感じなくなり、ウィルスの存在が日常になったとき」との説明でした。恐怖心をまだ忘れていないwith の今こそ、next についてリアルに考える貴重な機会と感じています。(2020 年6 月12 日)
  • 木製のバルコニーが内外の環境をつなぐ:木材会館 
    写真:野田東徳/ 雁光舎

  • バイオスキンで大型建築と環境をつなぐ:NBF 大崎ビル(旧ソニーシティ大崎)
    写真:野田東徳/ 雁光舎 

※「Beyond Covid-19 社会・都市・建築」は連載です。今後は、建築家、プランナー、エンジニア、コンサルタント等が各専門の立場でビジョンを定期的に発信していきます。

  • 山梨 知彦

    山梨 知彦

    チーフデザインオフィサー
    常務執行役員

    1986年、東京大学修士課程を経て日建設計に入社。専門は建築意匠。2009年「木材会館」にてMIPIM Asia's Special Jury Award 、2014年「NBF大崎ビル(ソニーシティ大崎)」2019年「桐朋学園大学調布キャンパス1号館」にて日本建築学会賞(作品)、2011年「ホキ美術館」にてJIA建築大賞、「NBF大崎ビル」でCTBUH Innovation Award などを受賞。グッドデザイン賞、日本建築士連合会建築作品賞、東京建築賞、日本免震構造協会賞などの審査員も務めている。日本建築学会会員、日本建築家協会会員、日本オフィス学会会員。著作に「BIM建設革命」、「プロ建築家になる本」、「名建築の条件」など

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