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ヒストリー

日建設計の歩み

1900日建設計のDNA

1900年創業。26人の船出でした。当時の日本は近代化を急速に推し進めていた時代でした。日建設計も西洋様式の建築技術を習得することから始まりました。こうした「技術の追求」は、その後の基本姿勢となっています。また、創業当初のプロジェクトから、自然採光や長寿命化など環境に配慮した設計がされ、今に受け継がれています。その後、戦後の日本が高度経済成長を遂げてゆく軌跡そのものを示す建築群を生み出していき、現代もなお、時代の要請に応え続けています。

大阪図書館 (現・大阪府立中之島図書館) 
(日本、大阪)
※竣工時撮影・以下共通

1926-古典様式からの脱却と西洋と東洋の融合

日建設計の前身である住友臨時建築部設立の目的は住友本店の建設でした。しかし、厳しい社会状況の中、待望の本店の設計に着手したのは、1920年でした。 1926年に北半分が、1930年には南半分が完成。大阪の土佐堀川と西横堀川沿いに建てられたこの建物は、当時の新しい技術を基礎に純粋な古典建築様式から脱却をした西洋と東洋を融合した建築として、日本の近代建築史上に残る仕事となりました。

住友ビルディング
(現 三井住友銀行大阪本店)

1958高度成長期のシンボル

東京タワーは、日本の急激な経済成長を象徴する建造物です。
複数のテレビ局の電波塔をひとつにまとめるために建設されました。本来の機能に加え、観光施設として機能と、都市の景観を形成する施設として美観を重視して設計され、首都東京のシンボルとなりました。
竣工後に、「安全第一を念願に、むだのない、安定したものを追求した結果できたもの。いわば、数字のつくった美しさ」との設計者のコメントが残っています。

東京タワー
(東京、日本)

1963銀座の景観を創りだす

三愛ドリームセンターは、メガロポリスへと成長する東京の、時代を代表する建物のひとつです。
全体が透明なガラスで覆われた特徴的なファサードにより、街を歩く人々は、中の様子をひとめで知ることができます。また、夜になると、銀座の目抜き通りでウインドーショッピングを楽しむ買い物客からはあたかもショーケースのように見えてきます。光と人々の活動を都市景観のいち要素としていち早く取り入れた建物として、1963年の完成以来、現在も、銀座のランドマークとして、人々に親しまれています。

三愛ドリームセンター (日本、東京)

1966大規模複合建築のプロトタイプ

延床面積119,700㎡のパレスサイドビルは、大型複合建築のプロトタイプのひとつとなった建物です。それまでの大型オフィスビルで用いられていたセンターコア方式という常識を破り、階段・エレベーター・機械室などのコアと呼ばれる部分を、敷地に合わせて端部に配置することで、新しい大型オフィスプランを創り出しました。また、以後日建設計が得意とするロングスパンオフィスの先駆けにもなった、この時代を代表するオフィスビルです。

パレスサイドビル (日本、東京)

1970民間主導型(民活型)都市開発事業の先駆け

1965年以降、日本は、都市開発の時代を迎えました。OBP 大阪ビジネスパークは、民間の土地所有者が事業を展開したもので、「民間活力の活用」のモデルプロジェクトとして位置付けられています。1991年には民間主導型都市開発事業の先駆けであるとして、日建設計を含む企画チームが、日本建築学会賞を受賞しました。

OBP大阪ビジネスパーク
(日本、大阪)

1978日本の国際化を支える

1960年代になると高度経済成長に伴う国際輸送の需要と大型ジェット旅客機の増加、滑走路の拡充による発着能力の向上が望まれ、新国際空港整備が計画されました。1978年の開港以来、日建設計は時代の要請に合わせた機能と新たなコンセプトとデザインで空港を更新し、現在でもその拡張を支えています。

成田国際空港
(日本、千葉)

1988日本初全天候型多目的スポーツ施設

東京ドームは1988年に完成した日本初の屋根付き球場です。日本で最大級の空気膜構造の屋根により作り出される巨大な内部空間を有し、天候の影響をうけることのないこの施設は、野球だけでなく、コンサートや展示会などの大規模イベントにも対応することができます。まさに、全天候型多目的スポーツ施設の先駆けとして、現在も、多くの人にエンターテイメントを届けています。

東京ドーム
(日本、東京)

1993グローバルでの環境建築の実現

日建設計の海外進出の象徴ともいえるプロジェクトのひとつです。イスラムデザインと近代建築の融合およびこの地域の気候風土との調和を目標に、様々なディテールとプロセスに取り組んだプロジェクトです。

イスラム開発銀行本部ビル
(サウジアラビア、ジッダ)

1997TODプロジェクトの先駆け

都市や建築が多機能化や大型化してきました。その中で公共交通と都市開発が一体となり、両者の相乗効果で都市的な活気と持続可能性の高い都市をつくる手法としてTOD(Transit Oriented Development :駅街一体開発)があります。クイーンズスクエア横浜はこの手法の先駆けであり、商業施設・オフィス・ホテル・コンサートホールの大規模複合施設と交通インフラが一体となった開発です。

クイーンズスクエア横浜(日本、神奈川)

2000中国進出の本格化

日建グループの中国進出が本格的に始まってから約20年以上。1990年代からの経済成長が著しい陸家嘴金融地区では、これまで7件のプロジェクトを手掛けています。現在では他の市、地区でも活況を呈しており、私たちのフィールドが広がっています。

上海浦東地区

2011東日本大震災を経験して

2011年3月11日、マグニチュード9.0の巨大地震が東日本を襲いました。「災害に強い病院」を基本理念のひとつとして設計した石巻赤十字病院は、地歴調査を反映し、過去の旧北上川氾濫時の水位より高い位置に盛り土をしていたことから、津波の影響による浸水被害を免れ、病院や救護チームの活動を十分に支えることができました。ここでの経験は、以後の医療機関の設計に役立っています。
また、日建設計では、東日本大震災の教訓から、改めて災害に強い設計手法を検討しなおしました。他にも、有志ボランティアチームが、都市・建築のプロフェッショナルの視点から開発した「逃げ地図」は、市民の手による防災計画立案や合意形成のツールとして、日本のみならず世界の国々に広がりをみせています。

石巻赤十字病院
(日本、宮城)

2012技術を結集し未来へ紡ぐ

200m級の超高層ビルが林立する都心部で、安定した電波放送を行う為に600m級のタワーが必要となりました。そこで日建設計は、多くの電波塔や超高層ビルを設計した経験を結集させ、世界一高い自立式電波塔「東京スカイツリー🄬」をデザインしました。電波塔でありながら災害時等の防災機能も有する東京のランドマークです。

東京スカイツリー🄬
(日本、東京)

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