新型コロナウイルスによりもたらされる新しい社会に向けて
~中国から発信されるポストコロナ時代の未来デザイン~

日建設計 執行役員 グローバルビジネス部門 中国グループ プリンシパル 設計部門 プリンシパル
陸 鐘驍
(役職は公開時のものです)

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 新型ウイルスは我々に何をもたらすのか。
 2020年6月、約半年ぶりに中国へ向かったところ、その活気あふれる日常に驚きました。また、9月の下旬に中国建築学会が主催した「高層建築&高密度都市」の国際フォーラムにパネラーとして参加し、様々な業界の方々と交流する機会をいただきました。
 中国から発信される、ポストコロナ時代の都市と建築の動向に関するいくつかの気づきをご紹介したいと思います。

日建設計 執行役員 グローバルビジネス部門 中国グループ プリンシパル / 設計部門 プリンシパル 陸 鐘驍 日建設計 執行役員 グローバルビジネス部門 中国グループ プリンシパル 設計部門 プリンシパル
陸 鐘驍
(役職は公開時のものです)

ポストコロナに向き合う中国のいま

 中国では、2月の全国的ロックダウンからわずか4か月、まちの様子はコロナ以前とほぼ変わらなくなってきています。ただ違うのは、まちなかでは公共施設の利用や公共交通で移動する際、マスクの着用とモバイル端末のアプリにあるヘルスコードの提示が義務化されていることです。身分証の情報とリンクするこのヘルスコードには、各個人の2週間の行動範囲、移動記録、接触時間がビッグデータ分析により緑、黄、赤の危険度ランクが表示されます。ほぼ全国の人々の行動がデジタル化され、リアルタイムで公開されます。その安心感は、結果として短期間での社会全体の経済回復に大きな作用をもたらしました。行政の危機管理とともに電子決済の普及をけん引してきたアリババ、WeChatで有名なテンセントなどのデジタルプラットフォーマーが果たした役割、高度な情報化社会への寄与が大きいと考えます。ビッグデータを中心とする大胆な社会実装は、人々のライフスタイルにも大きな影響を与えています。
 新型コロナウイルスの封じ込めと経済のV字回復の背景には、様々な分野において未来へのメッセージが込められているような気がします。

加速するデジタル時代の都市空間

 都市の魅力は、人々の生活の豊かさやコミュニケーションの活性化によって生み出されます。ソーシャルディスタンスを保つだけでは人々の行動が大きく制限され、コミュニケーションの自由が奪われてしまいます。国内移動が解禁された現在、中国ではスマホに記録される行動記録をベースに大勢が集う都市空間の人口密度の情報分析を基に、人の集中をうまくコントロールすることで、夜になると公共の広場や歩道に屋台が連なり、都市の賑わいを取り戻しています。
 さらに、このような建築と都市空間デザインへの大手IT企業の進出もとても興味深いトレンドです。華為(ファーウェイ)は全国各地のキャンパスにICT技術を導入し、テンセントは自社のクラウドにBIMやCIM(City Information Modeling)用のプラットフォームを作り、建物やパブリックスペースの運営維持の効率化、無人化事業に乗り出しました。これからの建築市場は、ビッグデータとAI技術を駆使する彼らの進出によって大きな変革が求められることは間違いないようです。

地下鉄駅と商業施設の屋上を積極的にパブリックスペースとして開放する:上海緑地中心(2017年竣工) 地下鉄駅と商業施設の屋上を積極的にパブリックスペースとして開放する:上海緑地中心(2017年竣工)

高密度都市のレジリエンス

 レジリエンスとは、都市や建築によって外部からの影響に立ち向かい、事故、災害に備える強靭さと回復力を意味します。中国では、これまで水環境の整備を中心とする「海綿都市」を進めてきましたが、ここ最近健康、環境、防災など多様な視点を持つ「靭性都市」の推進へと変化してきています。特に高密度の大都市については、過密に集中する人口を周辺都市に誘導し、「都市圏」化を構築する動きが著しくなってきました。医療崩壊した武漢の教訓から、メガシティを中心とする一体化した都市圏構想は、人口の集中と分散をバランスさせ、都市間の連携により災害に対抗する柔軟な支援体制を立ち上げ、健康で持続可能な社会を目指しています。さらに高度な情報技術を生かし、災害対応のみならずスマートシティ、環境保全などの都市戦略から建物のライフサイクル、防災用の余剰空間、開放的なパブリックスペースの構築まで人々の生活クオリティをより高めることを目的としています。

モビリティとグリーンTOD

 ポストコロナの経済回復策の根幹となる国策「新基建(新型基礎設施建設)」は、5Gの情報基地、高速鉄道と都市鉄道、新型エネルギー、スマート都市など新しいインフラの建設事業を指します。特に「都市圏」の一体化を支える公共交通網の建設は、都市間の経済活動を保つ基盤となり、さらに鉄道の駅を拠点に様々な駅まち一体開発(TOD)も積極的に進められています。
 モビリティの拠点となる駅は、移動の利便性、機動性を高めるだけでなく、開放的な公園、商業施設、文化施設を複合した機能を持つ、利用者の豊かな体験を重視した環境づくりが大切にされています。また、鉄道やバス、カーシェアの乗り換えネットワークには、より快適で開放性の高いシェアバイク、歩行を中心とするスロー交通システムの整備も組み込まれ、ポストコロナの新しい都市基盤として注目されています。鉄道と地方行政の縦割りを超えるTODの成功も、安全、安心を支えるデジタル技術による様々なシェアリングアプリの普及に支えられています。

危機こそチャンスあり

 世界中でいまだ混乱が続くコロナ禍のなか、いち早く危機から抜け出した中国の成功の背後には、これまで進めてきた情報化社会と7億を超える人口が利用するモバイル決済のITプラットフォームによって構築された徹底管理体制の効果が大きく貢献しています。中国は今回の危機を通して各種デジタルテクノロジーの社会実装を急速に進め、世界を一歩リードするチャンスに変えようとしています。日本にとっても、世界から評価される強みを再発見することで、コロナウイルスとの戦いは自身のレジリエンスを見つめなおす大きなチャンスとなるかもしれません。
 いま、テレワークが続くなか、日建設計の設計チーム一部有志で、Future Labを立ち上げました。海外からキャッチした様々な情報をヒントに、わたしたちに纏わる技術の強みをグローバル視野でポジショニングし、未来を目指すためのテクノロジーマップを試作中です。
 道のりはまだ長いかもしれませんが、まずコンパスを探す旅からポストコロナ時代の航海を始めたいと思っています。(2020年10月16日)

都市と建築に纏わる世界のテクノロジーマップ 都市と建築に纏わる世界のテクノロジーマップ

※「Beyond Covid-19 社会・都市・建築」は連載です。今後は、建築家、プランナー、エンジニア、コンサルタント等が各専門の立場でビジョンを定期的に発信していきます。

  • 陸 鐘驍

    陸 鐘驍

    執行役員
    日建設計(上海)董事長

    1994年、東京工業大学大学院を経て、日建設計に入社。現在、日建設計上海CEOも兼務しており、日本と中国で建築設計に携わっている。中国銀行上海ビル(2000)、上海花旗集団大廈(2005)、上海緑地中心(2017)、蘇州中心(2017)は、WAF、MIPIM Asiaなど多くの建築賞を受賞している。また最近では、超高層を含む大規模開発や駅を中心としたTOD開発を日本、中国で手掛けている。東京工業大学非常勤講師、一級建築士、日本建築学会会員。著書「環境建築的前沿」(2009)「駅まち一体開発 TOD46の魅力」(2019)(共著)

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