ゼロから1を生む、産業建築の先進的デザインプロセス
Advanced Manufacturing Centre (AMC), Hong Kong 【後編】

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近年、デジタルとインターネットが製造業に革命をもたらす動きは「インダストリー4.0」と呼ばれ、世界的に広がっています。IoTやAI、ロボティクスによる圧倒的なデータ活用と自動化で、モノづくりのシステムが劇的に進化し、新たな価値やビジネスモデルが創出されているのです。こうした潮流に伴い、産業建築(研究・生産・物流施設など)にもイノベーティブな先進性が求められるようになっています。

日建設計は1900年の創業以来、様々な産業分野で時代を先導する建築を多数手がけてきました。技術革新のスピードが速い昨今は、未来を見据え、前例のない産業建築を提案する機会が増えており、ゼロから1を生む発想のデザインプロセスが必要です。

前編ではインダストリー4.0時代のモノづくりと産業建築の変化、イノベーティブな建築を実現する先進的デザインプロセスについて解説します。後編では具体例として「Advanced Manufacturing Centre (AMC), Hong Kong」の取り組みをご覧いただきましょう。

> 前編

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香港の「再工業化」を先導する次世代型生産拠点

インダストリー4.0に触発された香港政府は、2016年より経済成長のエンジンとなるハイエンド製造業の育成を目指した「再工業化」政策を推進しています。AMCは、そのシンボルとなるべく2022年に竣工しました。クライアントはインキュベーターの香港科学技術園(HKSTP)。床面積10万㎡超、地上8階地下2階建てのマルチテナント、マルチユース、都市型多層工場の要素を兼ね備えた、世界で稀にみる産業建築です。

都市型多層工場「AMC」の機能構成図
Diagram provided by Nikken Sekkei Ltd and Wong Tung & Partners Limited

日建設計がAMCのプロジェクトに参画したのは2017年。まさにAI4(Advanced Industry 4.0 Design Lab.)というアドバンストデザインのチームを社内に立ち上げ、インダストリー4.0時代の産業建築や都市の姿を研究し始めたタイミングでした。香港の建築設計事務所WTPL(Wong Tung & Partners Limited)社と協働し、国際プロポーザルで選定されました。日建設計はIAC(Industrial Architectural Consultant)としてコンセプト設計、基本設計を担当することになったのです。

研究開発から生産、物流までワンストップでできる次世代型生産拠点をあらかじめ用意し、将来性のある複数テナントを誘致する。そんな野心的な目標を掲げてプロジェクトは始動しました。設計時は入居テナントが不明。当然、製品も生産方法も不明。特定企業の専用工場をつくるときのような明快な設計条件がありません。このような未知の案件だからこそ有効なのが、「ゼロから1を生む」デザインプロセスです。私たちは課題の探索と解決法の検証を反復しながら設計案をまとめました。

生産フロアとMEP (機械・電気・衛生設備) のモジュール化や物流システムの共用化を提案

設計にあたりテナントとして想定したのは、ライフサイエンスやロボティクスなど、今後成長が期待される5分野※のスタートアップ企業です。各分野の製品は、医療機器・スマート電子機器・ロボットなどで、製造方法の共通項があまりありません。マルチテナント型施設の場合、テナントごとに異なる生産条件を吸収し、できるだけ標準化して、テナントの入れ替えや生産設備のレイアウト替えをしやすくする仕組みが必要です。

土地が狭い香港では、建築を多層化することが求められますが、工場として使いやすく、建設コストも抑えられる広く低層型のプロトタイプを提案しました。そこで生産フロアを12m×12mのスパンにモジュール化。レイアウト替えが容易なためフロアの全体貸しにも部分貸しにも対応可能な、均等グリッドプランとしました。また、標準的なMEPを最大公約数として提供し、各テナントの個別オーダーはオプション対応とすることで、無駄がなくフレキシブルな施設にできると考えました。スペアの設備スペースやルートを確保し、空間の転用やMEPの増設を可能にしておけば、異なる生産条件にも柔軟に応えることができます。

モジュールプランのテナントスペース(製造エリア)
Photo: Wong Tung & Partners Ltd

物流システムは1階に集約し、全テナントで共用することを提案。原材料の入荷タイミング、製品の出荷タイミングや物量が異なるとはいえ、テナントごとに専用の物流システムを設けるのは非効率です。トラックバース、物流専用廊下、荷物用エレベーターや自動倉庫、無人フォークリフトなどを共用化し、オペレーションを3PL(サードパーティロジスティクス)業者に委託すれば、時間指定の宅配便のように、各テナントの要求に合わせたジャストインタイムの入出荷が叶います。

物流機能を集約した地上階
Photo: Wong Tung & Partners Ltd

※AMCが対象とする5つの成長分野:
1)医療、健康産業⽤機器
2)バイオメディカル器具
3)スマート電⼦機器、光学機器
4)スマートセンサー、半導体パッケージ
5)ロボ・エレクトロニクス、スマートエネルギー機器

ネクスト・インダストリー4.0時代は「人間中心」になる

インダストリー4.0が提唱されてから、すでに10年以上が経過し、いま世界では「ネクスト・インダストリー4.0」の議論が活発化しています。新たに加わったコンセプトは「持続可能性」「強靭化」「人間中心」。中でも注目されているのが「人間中心」です。AIやロボットによって、生産現場の単純作業が自動化されるようになった分、人間は人間にしかできない創造的な仕事に時間を費やすことができます。「モノ」や「情報」だけでなく「人」の繋がりが技術革新を促す上で重要になってくると考えます。

シナジー効果でイノベーションを促進するには、人が集まる魅力的なスペースを用意する必要があります。異業種テナントの人たちが出会い、交流するうちに、まったく新しい技術や製品が生まれるかもしれません。こうした狙いでハイエンドな高精度3Dプリンターや工作機械を共同利用できるシェアショップや低層部屋上の緑化されたリフレッシュ空間を設けているのも当施設の特徴です。AMCを「工場版シェアオフィス」ととらえる発想は、さまざまな建築や都市計画を通して、人がつながる場づくりをしてきた日建設計のDNAによるものです。

低層部屋上のリフレッシュ空間
Photo: Wong Tung & Partners Ltd

AMCで実践された先進的なデザインプロセスは、モノづくりが都市に回帰していくこれからの時代の産業建築に応用可能です。日建設計は、建築を通して今後もイノベーティブなモノづくりに貢献してまいります。

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