都市と地域のデザインを通して
みどりを身近な暮らしに取り戻す
「Nikken Green Initiative」

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日建設計では、ランドスケープと都市やインフラ、建築が一体となった自然の力に基づく課題解決(Nature Based Solution)を軸にしたアプローチを、積極的に取り入れていく必要があると考えています。そこで、都市生活者が自然との関わりを取り戻すために、「みどりの復興(Green Recovery)」というテーマのもと、日建グループの専門領域を活かした具体的な目標を立て、「Nikken Green Initiative」(以下NGI)と題した研究をスタートしました。誰もが豊かな自然を享受できる社会の実現に向けた“きっかけ(=イニシアティブ)”となることを目指した、同研究についてご紹介します。

なぜ今、都市にみどりを取り戻すことが必要なのか?

地球温暖化やヒートアイランド現象、集中豪雨・水害、生態系破壊、水質汚染に大気汚染……。地球規模で起こっている環境課題を解決するために、2020年のパリ協定においては2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロに抑える「カーボンニュートラル」の実現が、また2021年のG7サミットでは2030年までに国土の30%以上を自然環境エリアとして保全する「30 by 30」という目標が掲げられました。

また、都市の面積は地球表面のわずか2%にもかかわらず、温室効果ガス排出量の78%の責任を負っているといわれるほど。たとえ都市計画の専門家でなくとも、多くの人が「身の回りに緑があったほうが心地よい」という感覚を持っているはず。2050年には世界人口の7割が都市に住むといわれるなかで、そこに暮らす人たちのウェルビーイングの観点からも緑の重要性は高まっているのです。

地球規模の環境課題

我が国でも、高度成長期に始まった都市開発によって地表はアスファルトやコンクリートで覆われ、ここ数十年の間に多くの緑が消失してしまいました。それに加えて日本は、人口減少や少子高齢化、インフラの老朽化といった問題を抱える“課題先進国”でもあります。

私たち日建設計が、NGIの研究をスタートさせるきっかけとなったのは、「今、緑を取り戻さなければ、都市そのものの魅力が失われてしまう」という危機感でした。都市の機能を維持しながら、「どのように」緑を取り戻すのか(=HOW)、そして「どのような」緑を取り戻すのか(=WHAT)。HOWとWHATをつなげて、緑の価値を指標化・見える化することが、社会に対するランドスケープ・アーキテクトの存在意義ではないかと考え、3年以上の期間をかけて取りまとめたのが、このNGIなのです。

ここからは、私たちがNGIで掲げた「3つの目標」を順にご紹介します。

NGIにおける3つの目標

1:自然共生型の都市ビジョン
社会・経済・文化・都市機能を保持・更新しながら緑を取り戻す

NGIの研究にあたって私たちがまず描いたのは、日建設計が目指す自然共生型の都市の姿でした。このイラストには、「1.豊かな地形を継承し、緑をつなぐ公開空地や広場空間」「2.地上の緑を立体的に連続させる屋上空間」「3.外部の緑を内部に引き込んだ屋内外一体の空間」「4.沿道の賑わいと一体となった緑豊かな街路空間」「5.流域の豊かな水、生態系を活かした水辺空間」という5つのシーンが盛り込まれています。

NGIによる都市ビジョン

日本は国土の3分の2が森林で覆われ、世界でも有数の生物多様性を誇っています。また江戸時代には、ほぼすべての物資とエネルギーを自ら賄っており、都市と地方が相互に連携する循環型かつ地産地消の社会が育まれていました。

そうした日本古来の特性や地域の自然資源を活かし、再生していくための基本戦略は、緑を「ひらく」→「つなぐ」→「ひろげる」こと。個別の開発やプロジェクトで緑を再生し、それを周囲の環境に開くことで「点」をつなぎ、地域や都市全体に「面」として広げていくことが重要だと考えたのです。

インフラの再生で都市のみどりを広げた事例 柏の葉アクアテラス©forward stroke inc.

2:みどりを回復する戦略
ランドスケープ×インフラ×建築が融合した4つのアプローチ

では、具体的に「どのように」緑を取り戻していけばよいのでしょうか。これは前述した「HOW」にあたるもので、NGIでは、ランドスケープ×インフラ×建築が融合したアプローチによる「みどりの取り戻し方」を、4つのデザイン戦略として類型化しています。

みどりを取り戻す4つの戦略

グローバルからみた見た日本のみどりの状況

東京をはじめとする日本の都市は、世界の主要都市と比べても、公共用地としての緑地が少ないといわれています。そのため民間の開発であっても「1.民有公開空地により都市の緑を繋ぐ」ことをしなければ、都市の中に連続した豊かな緑は生まれません。

また、公開空地だけでなく屋上や屋内緑化などによって立体的な緑をつくり「2.建築との融合で都市に緑を近づける」ことや「3.官民連携で都市の緑を開く」ことも重要。さまざまな人たちがその場に関わり多様なアクティビティが生まれることで、緑とまちがつながるからです。さらに、鉄道跡地や道路空間といった「4.インフラの再生で都市の緑を広げる」こと。役目を終えた“グレーインフラ”をパブリックスペースへと転換することは、都市に大きなインパクトを与えるでしょう。
NGIでは、これまで日建設計が手がけてきた国内外のプロジェクトを、この4つのデザイン戦略に分けて紹介しています。

公開空地により都市のみどりをつなげた事例 アイガーデンエア©forward stroke inc.

3:みどりの環境価値の見える化
価値を定量化・可視化する5つの指標「みどりのものさし」

続いて、「WHAT」にあたる「どのような」緑を取り戻していくべきか。緑の持つ価値には、生産性の向上やコミュニティの形成といった「社会的価値」、土地・不動産価値の向上や都市競争力の強化といった「経済的価値」があり、NGIではそれらの基盤となる「環境的価値」に着目。それを定量化・可視化するために、「1.温室効果ガスの固定」「2.温熱環境の改善」「3.雨水流出の抑制」「4.生物多様性の促進」「5.空気・水の浄化」という、5つ指標からなる「みどりのものさし」を策定しました。

緑の環境価値を評価する「みどりのものさし」の評価項目

質の高い緑の創出

重要なのは「同じ100㎡の緑であってもその環境的価値は同じではない」ということです。ただの芝生広場では二酸化炭素は固定化しないし、雨水の浸透能力も十分ではありません。土厚をしっかり確保し、植物が階層構造となることで、それぞれの機能を高めていく。単なる緑地ではなく、環境により寄与する「質の高い緑」の創出を目指しています。

グラングリーン大阪における環境価値可視化

2023年に竣工した「グラングリーン大阪」では、この「みどりのものさし」を活用して、開発によって生まれた緑がどのくらい環境に貢献しているのかを計測しています。また東京ミッドタウンでは、竣工から14年が経過した2021年に、二酸化炭素固定量を調査。このように設計時・竣工時だけでなく、緑が育った10年後、20年後と、さまざまなフェーズで定量化が行えるのも「みどりのものさし」の特徴で、緑の価値を見える化したいというニーズは年々高まっています。

ターミナル駅前に緑豊かなパブリックスペースを生み出した事例 グラングリーン大阪©日建設計

ムーブメントを起こし、環境時代の新たなプラットフォ—ムを世界へ

日建設計には、ランドスケープだけでなく、シビルエンジニアリング、都市計画、建築と各分野のプロフェッショナルが在籍し、それぞれが専門領域を横断しながらプロジェクトに関わっています。また、扱うプロジェクトのスケールも、ベンチなどプロダクトデザインから国土スケールのマスタープランの策定まで幅広く、2000年から2019年までの20年で、東京都において約80万㎡の緑地のプロジェクトに関与してきました。これは東京都全体の「公園・緑地」面積の約1%に相当します。

東京都において20年間に日建設計が関与した緑化量

都市デザインにおいて、かつては建築が主で、ランドスケープは従という考え方が一般的でしたが、ここ10年ほど、公共空間に対する社会の関心の高まりとともに、ランドスケープデザインが主役になるケースが増えています。どれだけ建築が魅力的でも、それが都市に波及していかなければ意味はありません。そのためには、敷地単位で考えるのではなく、さまざまな“境界”を超えていくこと。そう、ランドスケープの強みは、個別のプロジェクトと都市をつなげられるところにこそあるのです。

「Nikken Green Initiative」は、あくまで“きっかけ”にすぎません。また、本研究メンバーだけでできることは非常に限られており、「緑の価値を再認識するためのムーブメントをつくっていきたい」と語っているとおり、このような取り組みが、様々なステイクホルダー間での議論のきっかけとなり、やがて共通した価値感として広がっていくことが重要と考えています。

「みどりのものさし」の活用を通じて、さまざまな開発事業者や専門家と連携して、各プロジェクトをデータベース化していくこと。そして、緑を増やすことでどんな効果が現れるのか、都市スケールでシミュレーションを重ねていくこと。“課題先進国”日本から発信するNGIが、これから開発が進む世界の都市にも貢献できる、環境時代の新たなプラットフォームとなることを願っています。

  • 小松 良朗

    小松 良朗

    都市・社会基盤部門都市デザイングループ ランドスケープ設計部
    部長

    入社以来、オフィス、教育施設、ホテル、商業施設等のランドスケープデザインや特殊緑化技術を駆使した環境建築、Biophilic Designのプロジェクトに積極的に携わる。
    その地域、その場所でしかできない風景づくりを心がけ、人々の生活を豊かにする気持ちの良い空間づくりの創出に取り組んでいる。
    IFLA AAPME Award・日本造園学会賞・グッドデザイン賞の他、多くのプロジェクトで景観・環境関連賞を受賞。
    技術士、登録ランドスケープアーキテクト(RLA)、樹木医。近畿大学非常勤講師、大阪公立大学デザイン演習講師。

  • 金香 昌治

    金香 昌治

    都市・社会基盤部門都市デザイングループ
    部長

    ランドスケープアーキテクト/アーバンデザイナー。
    京都工芸繊維大学卒業、ワシントン大学大学院修了後、米国の設計事務所にてランドスケープ及び都市デザイン業務に従事。2012年に帰国し、日建設計入社。近年ではシンガポール・レールコリドー、日比谷公園再生整備計画、高輪ゲートウェイシティ、柏の葉イノベーションキャンパス/アクアテラスなど、国内外で都市×建築×造園×土木の領域を横断的に捉えた持続可能なアーバンデザイン、生命中心のパブリックスペースの計画やランドスケープデザインに取り組む。
    日本造園学会賞(作品部門)、土木学会デザイン賞、IFLA-APR Awardなど受賞多数。RLA、LEED AP BD+C、日本ランドスケープアーキテクト連盟(JLAU)理事、武蔵野美術大学非常勤講師。

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