構造安全検証のためのオーダーメイドの設計用模擬地震動「NS Wave」

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日本は世界でも有数の地震大国です。建物は地震に直接的にさらされるため、大地震で大きな被害を受けるたびに建築基準を見直す法改正がなされてきました。日建設計では、お客様とその建物に関わるユーザーの安全のために、構造技術に対する知見と手法を模索し、法改正に先駆けて、常に独自の地震対策に取り組んできました。

ここ三十年ほどを振り返ると、ゆらゆらと長い時間揺れる長周期地震や、建物に瞬間的な衝撃力が作用する内陸直下地震など、様々なタイプの非常に大きな地震が日本の各地で発生してきました。地震というと“震度”という指標に聞きなじみがあると思いますが、建物の安全性検証にはこの“震度”だけではない様々な指標が用いられます。ここでは建物の構造設計に用いるために、日建設計が独自に開発した設計用模擬地震動NS Waveについてご紹介します。

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構造設計

設計用模擬地震動とは

NS Waveを説明する前に、そもそも設計用模擬地震動とはどのようなものかについてご説明します。
建物の耐震設計においては、地震の際の建物の挙動を検証するため、コンピューターを用いた振動シミュレーションを行います。この検証用の地震動として模擬的に作成された地震動を設計用模擬地震動と呼んでいます。また、設計用模擬地震動や観測地震動を含めた検証用の地震動は設計用入力地震動と呼ばれます。

NS Wave(日建サイト波)とは

NS Waveは日建設計が開発した設計用模擬地震動です。超高層建築物で告示に規定されている設計用模擬地震動には敷地の場所や地震の条件に関わらず、全国一律のものが使われていますが、NS Waveは計画敷地で実際に起こり得る地震動を想定したものです。
地震動が建物を揺らすまでのプロセスは次のように説明できます。
震源となる断層の破壊により地震が発生し、この地震による揺れが地殻と呼ばれる硬い岩盤中を伝わっていきます。この揺れは波として伝わるため地震波と呼ばれます。やがてこの地震波は計画敷地下方の深さ数kmのところまで到達し、柔らかい地盤構造である堆積層において増幅されながら建物基礎直下の位置まで上昇します。この基礎直下位置の地震動が建物を揺らし、建物の使用者が揺れを感じることになります。
以上のプロセスにおいて、震源から基礎直下へとたどり着いた地震動の特性を震源特性・伝播特性・地盤特性の三段階でとらえ、各段階における計画敷地ごとの条件を設定した設計用模擬地震動がNS Waveです。

地震波が建物につたわるまで

NS Waveは地震学の分野で広く知られている理論と独自に開発した波形に関する理論を組み合わせて構築したもので、その考え方は地震学や地震工学の知見に基づいています。それぞれの計画敷地での設計用模擬地震動の作成に必要なパラメータは、公的機関の公表値および敷地ごとの調査により得られる数値を根拠としています。このパラメータは地震と敷地固有の条件を踏まえた限られた数個のみから構成され、地震動作成手法そのものが構造設計者の直感的理解がしやすいように設計されています。このような工夫を折り重ねた手法であるために、NS Waveは、建物の設計に携わる者自身がきちんと理解し、かつ客観性を持ったデータに基づいたものとすることができます。
このような設計用模擬地震動NS Waveが、「実現象をとらえることができるか」という点が重要ですので、ここに一例を紹介します。実際に起きた2011年東北地方太平洋沖地震で観測された観測波形と、この地震の想定断層で発生したと仮定して作成したNS Waveの地震動を比較しました。以下の図に示すように、周期成分毎に表現した地震動の強さは観測記録の結果とよく似た傾向を示しました。このようにNS Waveは実現象の傾向をつかんだ地震動を作成することのできる手法であるといえます。

NS Wave と東日本大震災の観測記録の比較
※仙台市の観測記録は国立研究開発法人建築研究所の強震観測で得られたものを使用しています。
引用元:鹿嶋俊英, 小山信, 大川出: 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震における建物の強震観測記録, 建築研究資料 No.135,国立研究開発法人建築研究所, 2012年3月

設計用入力地震動に関する日建設計の独自開発の変遷

日建設計は地震のたびに改定される建築物の法規に、常に先駆けながら耐震設計を考えてきました。
超高層建築物の設計の黎明期である1960年後半、当時は実際に観測された数種類の地震動のみを使って建物の振動シミュレーションが行われていました。代表的なものは1940年インペリアルバレー地震の際のカルフォルニア州エルセントロの観測記録や1968 年十勝沖地震の際に青森県の八戸で観測された地震動です。つまり計画敷地と直接関係のない場所で観測された地震動を設計用に使用していました。このような地震動は、30階建て程度以上の建物で影響が大きくなると考えられる長周期の地震動としては強さが十分ではない記録であったため、揺れを過小評価してしまう懸念がありました。
当初地震動の大きさを語るうえでは地表面の加速度を評価することが通例でした。日建設計では、この加速度よりも、建物の被害に相関性が高い地表面の速度評価をいち早く取り入れ、設計用入力地震動を考えてきました。
1988年に長周期のゆれの成分を十分に持った設計用模擬地震動(ART WAVE)を独自開発し、超高層建築物の構造計算に用いてきました。ART WAVEの開発から12年後の2000年、法改正により超高層建築物等の設計で考慮すべき長周期地震動を視野に入れた地震動の強さが、建設省告示として規定されました。この規定により作成された地震動は告示波などと呼ばれることがあります。しかしART WAVEも、告示による設計用模擬地震動も、個別の地震の性質や計画敷地固有の地盤特性を十分に反映するには至っていませんでした。
1995年兵庫県南部地震以降、国の地震観測体制が早急に整備され、地震に関する日本の研究も飛躍的に進み、地震学、地震工学、耐震工学などにおいて多くの知見が蓄積されました。日建設計ではこれらの知見も踏まえ、計画敷地で考えるべき実現象を想定した地震動を構造設計に用いるため、1999年から6年かけてNS Waveを開発し、2005年より、NS Waveを構造設計に用いています。その後、2016年には長周期通知と呼ばれる南海トラフ地震を想定した設計用模擬地震動が国交省より公表されました。この地震動は基整促波と呼ばれ、計画敷地固有の条件を考慮した地震動となっています。このような計画敷地の固有の条件を考慮できる地震動に関しても日建設計は法規に先駆ける形となりました。
このように法改正に先駆けるかたちとなってきたのは、改正された法規にただ則るのではなく、建物や建築主、建物を利用するユーザーにとって何が大切かを時代に合わせて考え、そのために必要な新たな技術を創りだしながら構造設計を行なうことを続けてきたからこそだと考えています。

設計用入力地震動の歴史

各設計用入力地震動の比較

設計用入力地震動を考えることが構造設計のはじめの一歩

建物は基本的に一品生産であり、敷地も、建築主も、利用者も、すべてが同じであるものは一つとしてありません。そのため、どの建物も求められる性能が異なることになり、それぞれの建物に応じた要求性能を満足させるよう設計を行っていく必要があります。
そして地震に対する設計に関しても、地震の条件や建物の耐震性能の条件はいつも固有のものとなります。これらの条件に基づいて様々にカスタマイズできるオーダーメイドの設計用模擬地震動がNS Waveです。設計用の地震動を考えることは安全な建物をつくるための第一歩となります。
計画に関わる方との多くのコミュニケーションの中で、NS Waveによる設計用模擬地震動を与件とし、建物用途や建築主の要望などを考慮して耐震性能を設定しながら建物を設計していくのが日建設計における構造設計のスタンスです。

  • 中溝 大機

    中溝 大機

    エンジニアリング部門 構造設計グループ
    アソシエイト

    2008年早稲田大学修士課程修了後、日建設計に入社。構造設計者として、高さ230mの超高層中間層免震建物である六本木グランドタワー(CFT構造賞)や、コンクリート打ち放しによる多彩な仕上げ表現を駆使した早稲田大学高等学院講堂棟(コンクリート工学会作品賞)などを設計している。独自のものも含めた様々な振動解析技術の力学的感覚を軸にして、ものづくりに取り組んでいる。

    設計業務と並行して、国内外各プロジェクトの設計用入力地震動の作成、振動解析関連の研究も行っており、地震荷重に関する学術論文では2018年日本建築学会奨励賞を受賞している。博士(工学)、構造設計一級建築士。

    心に置くのは、新しい技術を創りだし、設計⇔技術⇔研究のなかでの人との対話を楽しむこと。

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