木質建築の可能性を拓く
木鋼ハイブリッドラーメンの開発
脱炭素時代の新構法

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日建設計は、構造に木をふんだんに用いる「木鋼ハイブリッドラーメン」を日鉄エンジニアリングと共同で開発しました。東京工業大学の竹内徹教授、坂田弘安教授の指導のもと研究開発された鉄骨の柱に木の梁を用いたラーメン構造は、2020年9月に構造性能評価を取得。中層ビルやホテル、学校など中大規模の建築に幅広く展開し、意匠性の高い木質空間の実現を通して、脱炭素や環境問題に貢献していきます。

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木の脆さを鉄で補うハイブリッド開発へ

木のよさを生かした大空間のために、シンプルで施工性や汎用性の高い新しい構法を生み出せないか——。構造設計の原田公明のこうした思いから「木鋼ハイブリッドラーメン」のプロジェクトは始まりました。

地球温暖化対策や里山保全に資する木材利用を拡大する木造・木質系プロジェクトに、日建設計はこれまで数多く取り組んできました。木造超高層を構想した「W350計画」、構造や外装に木の使い方を駆使した「木材会館」、そして日本初の複合式木質張弦梁構造で木質大空間を実現した「有明体操競技場」※などがその代表例です。

W350計画 ©住友林業・日建設計

  • 木材会館 ©ナカサアンドパートナーズ

  • 有明体操競技場 ©エスエス

それらの経験を通じ、持続可能な社会に向けて木質構造をより一般的な建築に展開するため、木の弱点である接合部を鉄で補うハイブリッド構造という発想が生まれます。これまでも木と鉄のハイブリッドの事例はありましたが、ボルトの数が多いなど複雑な施工を必要としていました。「木質構造を普及させるためには、多目的に使えるシンプルな構法が確立されないと突破できない」と研究開発に挑んだ背景を原田は語ります。

2016年、社内で新構法に興味をもつ有志を募り、数名で研究開発がスタートします。東京工業大学で鋼構造・耐震構造・空間構造を研究する竹内徹教授に相談に行ったところ、コンクリート系構造・木質系構造の専門である同大の坂田弘安教授と一緒に指導いただくことになりました。さらに鋼構造に関して高い技術とノウハウを持つ日鉄エンジニアリングも加わり、共同開発のチームができました。

最初は、大空間を覆う屋根のための木鋼接合部の検討から始まりました。チームメンバーがそれぞれスケッチを描いてアイデアを出し合います。T形断面の鋼材の両側に木の集成材をボルトで留めたもの、H形鋼に集成材を差し込んだもの、さまざまな角度に対応できるボルトと接合部が一体化した鋼材ユニットなど、さまざまな案を検討しました。

スケッチ

そして、まったく新しい接合形式の安全確保のために実大実験を行うこととなりました。木の集成材の上下を鉄板で固める強そうな案、下から見ると純木造に見える意匠性を重視したT形の鋼材を用いた案など、数種類のモックアップを作成し、曲げ応力をかけた破壊実験を繰り返しました。そうすると、木の最外部を鉄の面で押さえる方法は、予想以上に強い接合であることが判明します。一般的な金物を使った純木造の接合部が、木の曲げ耐力に比べるとおよそ30%程度の強度であるのに対して、なんと90%近い耐力が確認されたのです。

木質空間構造の木鋼ハイブリッド接合部の実験

東京工業大学にて構造実験

「それならば、屋根だけではなく、ラーメン構造に木の集成材を梁として使うことができるのではないか——」。研究開発チームが、大空間より需要の多い柱梁のハイブリッドラーメンの可能性を見いだしたのは、研究開始から2年後の2018年のことでした。

西海岸生まれの“ドッグボーン”で地震に強い接合部を実現

鉄の柱と木の梁による木鋼ハイブリッドラーメン。これまでになかったのが不思議なほどシンプルな構造に見えますが、計算や解析と平行し、数十体の実大試験体を壊し、性能を確かめながら、鉄骨と集成材の互いの良さを引き出す形式にたどり着くことができました。

木鋼ハイブリッドラーメンのアクソメ 木鋼ハイブリッドラーメンのアクソメ

大空間の屋根では木の梁成は300mm程度でしたが、ラーメン構造にするためには梁成も最大1200mmと部材が大きくなりました。しかしそれでも、梁の端部に木を用いると鉄骨造に比べると脆く、強い地震に対してはバリバリと音を立てて壊れてしまいます。そこで、地震力を鉄に負担させようと考案されたのが、通称「ドッグボーン」と呼ばれる端部の梁サイズを少し小さくした形状です。これは、1994年に米国西海岸で起こったノースリッジ地震をきっかけに広まった鉄骨造の形式「Reduced Beam Section」にヒントを得たものです。地震時に建物が変形した時、このドックボーン部に応力を集中させることで、鉄がしなやかに塑性変形して、建物が粘り強くなるのです。

アクソメ 接合部のディテール

  • 木鋼ハイブリッドラーメンの構成

  • 木鋼ハイブリッドラーメンの設計方針

かくして、これまでの木質構造では困難だった「曲げ」に強い接合部が実現しました。研究開始から5年間。木は性質が一様ではないため、同じ試験体を3つずつ作成し、毎回数種類の接合部に対しての実大破壊実験を行いました。その総数はなんと60体以上にのぼります。2018年からチームに参加して構造解析などを担当した重松瑞樹は、「新しい構造にチャレンジするときは机上計算だけでなく、実物で確認することの重要さを感じた」と研究開発のプロセスを振り返ります。

実験の写真

木鋼ハイブリッドラーメンの実験

東京工業大学にて構造実験 東京工業大学にて構造実験

環境に優しく適材適所の木質空間の拡充に向けて

2020年、木鋼ハイブリッドラーメンはついに日本ERIの構造性能評価を取得しました。これは建築基準法で定められていない「特殊な構造方法を用いた建築物」を、より一般的に建設するための評価です。この評価があれば、複雑な手続きなく確認申請だけで今後の建築に適用可能となるので、将来的な普及につながります。

今後の展開を見据え、5階建てのホテルを想定したコストに関わる試設計も行っています。
純木造と比べて安くて、かつ合板壁や筋交いのない自由度の高い計画とすることができます。鉄筋コンクリート造や鉄骨造に比べると、現段階では総工費はやや割高でした。しかし、木質化によって建物の重量が軽くできるため、敷地条件によっては基礎工事代が安くできる場合もあります。また、木の梁を現しにすることで内装が不要になるため、工期短縮にもつながります。
木鋼ハイブリッドラーメンは、構造体の製造時に排出されるCO2が鉄筋コンクリート造の4割程度と少なく、さらに、排出されるCO2のほとんどを木材内部に固定することができます。これからの脱炭素社会では、建築の木質化は大きなメリットを発揮することとなるでしょう。
「利用する人にとっても、地球環境にとってもやさしい構造」を目指して杜凌子はチームに参加し、環境負荷の試算を行いました。

このハイブリッドは、環境性能など木のメリットを最大限に生かしながら、柱や接合部に鉄を用いることで必要強度を確保する合理的な構造です。「木質化のために鉄を使ったというよりも、適材適所の新しい構造形式。材料を効率的に使ったシステム提案ができたと思います」と、プロジェクトのスタート時から構造設計者として参加した貞許美和は振り返ります。

「見栄えもよく、強くて頼りになる」(原田)木鋼ハイブリッドラーメン。柱梁構造に加え、最初に検討していた大空間を覆う木質空間構造の性能評価も今後取得することを目指しています。アトリウムや駅舎などの公共空間をより快適に、より強くするための飽くなき探求を続けています。

木質空間構造のアクソメ

  • 単層格子ラチスシェル屋根

  • 木鋼ハイブリッド接合部のアクソメ

基本設計・実施設計監修・監理 日建設計
  実施設計 清水建設、斎藤公男(技術指導)

  • 原田 公明

    原田 公明

    エンジニアリング部門構造設計グループ
    シニアエキスパート

    1987年、東京都立大学大学院修士課程を経て、日建設計入社し一貫して構造設計を行っている。さいたまスーパーアリーナ、YKK80ビルなど大空間建築から免震・制振構造、など様々な形式の構造設計の経歴を持つ。構造安全性に加えデザインや快適な空間づくりを常に心がけ、2012年JSCA作品賞、2019年日本構造デザイン賞、など様々な賞を受賞している。日建設計東京ビルでは2003年より地震観測を実施しその技術を活かしNSmos開発を手掛けその後の実用化まで、リーダー役を担っている。また大学の非常勤講師、日本構造技術者協会の委員を務めるなど教育及び社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

  • 貞許 美和

    貞許 美和

    エンジニアリング部門構造設計グループ
    ダイレクター

    1998年、東京大学大学院修士課程を修了し、日建設計に入社。オフィスビル・学校・病院・物流施設など様々な建物の構造設計を担当する。実績としては、NBF大崎ビル(旧ソニーシティ大崎)、東京駅八重洲口開発 グランルーフ、JA長野厚生連 佐久総合病院、早稲田大学高等学院(Ⅱ期)、サクラマチクマモトなど。設計用入力地震動研究会や性能設計の普及活動に取り組み、クライアントに寄り添った構造提案を大切にしている。建築学会大振幅予測地震動小委員会の各種WGに参加。構造設計一級建築士。

  • 重松 瑞樹

    重松 瑞樹

    エンジニアリング部門構造設計グループ

    2010年、慶應義塾大学大学院修士課程を修了し、日建設計に入社。オフィスビル・学校・リゾートホテル・スタジアムなど様々な建物の構造設計を担当。2013年~2015年ザハハディド・アーキテクツ+設計JV案新国立競技場の設計を行い、2015年FCBカンプ・ノウの国際コンペチームの一員となり、当選を果たす。最近ではハレクラニ沖縄、明治アドエージェンシー本社ビルなどを担当した。大学の非常勤講師を務めるなど教育活動にも積極的に取り組んでいる。

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