連載:監理とは何か 第1回 
建物のライフサイクルに寄り添うコンダクター

住哲也(設計監理部門 監理グループ プリンシパル)に聞く

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建築をつくり維持管理する過程で重要な役割を果たす「監理」とは何か——、
4回シリーズで探ります。

一般的にマネジメントなどの意味で使われる「管理」とは異なる建設業界独特の呼称「監理」。1950年に制定された建築基準法では、特定建築物の建築主に対して「建築士を工事監理者に定めなければならない」ことが義務づけられています。ここに義務づけられた工事監理者は、工事が設計図通り安全に行われているかを確認する役割を担っています。
日建設計では監理の役割として「クライアント(建築主)の利益を守る」ことを掲げ、社会にとって建築がより豊かな価値を生むことを目指しています。

第1回目は、監理業務の創造性と魅力に迫ります。

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クライアントの利益を多角的かつ長期的な視点で支える「日建設計の監理」

日建設計エンジニアリング部門監理グループは、意匠や構造、電気や機械設備など設計経験が豊かな人、施工会社を経て工事現場に精通する人など多様多彩な人材で構成する、総勢約260名のチームです。役職員が全社で約2,300名なので、その一割に相当する人数となります。
その監理グループを率いる住哲也プリンシパルに「クライアントの利益とは何か」を問うと、「まずは建物の健全性や安全性を守ること」だと言います。「社会資本としての建築は、それが損なわれると建築主だけではなく、利用者の命や周辺の建物を毀損する可能性があり、そのために高度な専門知識を備えた工事監理が必要」なのです。
 一方で、工事監理は監理業務の一部でしかないことを住プリンシパルは強調します。基本構想から完成後の維持管理まで、建物のライフサイクルを通じて寄り添うのが「日建設計の監理」だからです。ときには設計者からの工期やコストに関わる相談を受けたり、施工技術との調整を図ったり、ビルの設備更新の工事計画を立てたり……と監理の技術や知見が様々な場面で求められます。

日建設計の監理グループは、工事監理以外にも基本構想や設計段階でのサポートや発注の支援を行い、建物のライフサイクル全般にわたる品質向上に貢献 日建設計の監理グループは、工事監理以外にも基本構想や設計段階でのサポートや発注の支援を行い、建物のライフサイクル全般にわたる品質向上に貢献

「クライアントの希望をただ叶えるだけでは、100%の利益にはつながりません。短期的な経済メリットに留まらず、企業のステータス向上につながるとか、メンテナンス性がよいかなど、長期的な視点で建築がもたらす利益をよく考えなければならない」と、住プリンパル。
「様々なバックグラウンドを持ち、高い経験値のある専門家のチームだからこそ、顧客の新たなニーズを掘り起こしたり、施工技術と組み合わせたり、多角的な視点で最適なサービスができるのではないか」と、監理グループがこれからの建築に寄与する可能性を語ります。

関係者の知見をインテグレートする

日建設計の前身は1900年に設立された住友本店臨時建設部(後に住友総本店営繕課)で、新築の計画から発注、監理、修繕まで行っていたため、監理業務にも長い歴史があります。日本では大工職人による“納まり”が暗黙知として蓄積されてきました。しかし、近代化が進むにつれて設計者が設計図を描き施工者が施工図等を作成しそれを元に工事をするという分業化が進み、監理業務が果たす役割も変化してきました。
そうした時代の変化の中で日建設計は何度か監理業務を再定義してきました。1960年代の高度成長期には個人から組織への伝承として後の監理技法の元となる「監理業務ハンドブック」を作成するなど、合理的・組織的かつ効率的な監理の実践を目指しました。多くの監理技術者を育成するため、1992年に「日建設計の監理技法」を編纂し、これまでに幾度となく改訂しながら、組織の中で蓄積してきた知見を共有しています。

日建設計の品質管理の歴史120年の歩み 日建設計の品質管理の歴史120年の歩み

東京大学生産研究所の野城智也教授は「日建設計は、(中略)建築技術の専門化が進み、技術の保有自体が散在化していくなかで、個々のプロジェクトについて、ベストテクノロジーを生み出し適用しようとするベクトルが働いている」(*1)と、そう評しています。
しかし、それでも「設計図だけでは建築はできない」というのが意匠設計から監理部門を担当することになった住プリンシパルの信条です。設計図には「意図的な未確定性」(*1)、つまり書きすぎないことも必要なのです。「施工会社や職人がもつ技術やノウハウをいかに集約させてつくり込むかが日本の建築の特徴。クライアントや設計者の思いと、僕たちが持っていない現場の知恵をインテグレートするのが監理の役目」だからです。

「みんなで気持ちよく建築をつくる」

「分からないことや不安なことがあれば必ず現場に行って教えてもらう。施工者から学ぶことが多く、それが自分の肥やしになる」と現場でのコミュニケーションの重要さを住プリンシパルは説明します。
自身が手がけた名古屋の「モード学園スパイラルタワーズ」(2008年竣工)は地下工事を伴うため土木技術者とも協働するものでした。工期が厳しい中「任しておけ」とニヤリと笑う勇猛な現場監督とは「異文化交流だった」と楽しそうに振り返ります。設計図に書かれてない「意図的な未確定性」に対して互いに「こうした方がよい」と思う方向に仕上げていくと、発注者から「格好いい!」と高い評価を得たといいます。

「モード学園スパイラルタワーズ」では敷地南側の地下に連絡通路を設け、駅前の地下街から南の街区へと連続する地下街ネットワークの延伸に貢献した。 「モード学園スパイラルタワーズ」では敷地南側の地下に連絡通路を設け、駅前の地下街から南の街区へと連続する地下街ネットワークの延伸に貢献した。 写真左:サンクンガーデン©鈴木研一

「モード学園スパイラルタワーズ」のシンボリックな外観を形成する、アルミカーテンウォールユニット取り付けの様子。 「モード学園スパイラルタワーズ」のシンボリックな外観を形成する、アルミカーテンウォールユニット取り付けの様子。

「現場でいかに能動的に判断を行えるかが大事。迷う人には現場の人は付いてこない」と監理者心得を住プリンシパルは説きます。そのためには、セルフマネジメントをしっかりして、日頃から納まりなどの工夫を考え続けているのだとか。
ずばり、監理業務の魅力とは?
「自分では演奏しないけれど、みんなが気持ちよく演奏できるようにする、指揮者のようなものかな。スパッとリズムが合ったとき、職人さんが自慢げな顔で見てくれるのが嬉しい」。
複数の主体がもつ知識や創造力を融合させる監理力。それが建築の高い品質を支えているのです。

次回は、日建設計監理業務の4つのはたらきと独自の支援体制について解説します。
*1 『設計の技術 日建設計の100年』 東京大学生産研究所教授・野城智也の寄稿「質への取組みにみる組織のDNA」より

  • 住 哲也

    住 哲也

    上席理事

    1987年名古屋工業大学大学院修士課程を修了後、日建設計入社。名古屋オフィスを拠点に建築設計者、工事監理者として従事。名古屋ボストン美術館、善照寺無量寿堂、トヨタインスティテュートグローバルラーニングセンター、名城大学天白キャンパス再開発、モード学園スパイラルタワーズ、石川県立中央病院等、手掛けた建物は約300件と多彩。一級建築士、一級建築施工管理技士、日本建築学会会員

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