TODの実践と世界への発信

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私たち日本人が都市生活を送る上で、鉄道・バスなどの公共交通機関は必要不可欠なものです。その利用目的は朝夕の通勤・通学、ビジネス、日々の買い物、休日の旅行に至るまで多岐にわたります。必然的に駅やバスターミナルなどを利用する機会も多くなり、利用者が集中する駅もしくはそのまわりには生活利便のための様々な都市機能が集中します。不動産の価値も駅との関係を基本に決まります。賃貸住宅を探す時、駅からの歩行距離は家賃に直結し、駅から雨に濡れずに到達できるオフィスやお店は、価値が高いと評価されます。

TOD(Transit Oriented Development)とは、車に頼らず、公共交通機関の利用を前提に組み立てられた都市開発もしくは沿線開発のことです。100年以上にわたって鉄道建設を基軸に国土と都市を発展させてきた日本では、至極当たり前の都市の姿です。その結果、例えば東京都区部における公共交通機関と徒歩・自転車の交通分担率の合計は、ほぼ90%に達するという世界でも驚異的な数値となっています。特に近年では、地下空間を有効活用しながら駅周辺の開発密度を高め、車や歩行者ネットワークの充実を図ることで、さらに環境負荷を抑えながら、高い効率性と安全性、シンボル性を兼ね備えた駅拠点づくりが進められており、私たちも数多くのプロジェクトに関わってきています。

TODでは、(鉄道)駅を中心に都市活動を集約させる

たとえば現在、渋谷では駅・鉄道そのものの改良と、交通広場などの基盤施設整備、駅隣接地区の複数の都市再開発を同時に進めるプロジェクトが進行しています。渋谷ヒカリエはその最初の再開発プロジェクトとして、複数の駅と谷地形である渋谷のまちをさまざまなレベルでつなぐ公共空間のコネクター「アーバンコア」を整備するとともに、渋谷の新しい文化・娯楽・商業の新拠点を形成しています。そのほか地下鉄駅との直結により利便性と象徴性を高めた泉ガーデンプロジェクト、駅と交通広場、建築物を多層化した新横浜キュービックプラザなど様々なTOD型プロジェクトを実践しています。
  • 多層の歩行者動線を縦につなぐアーバンコア(渋谷ヒカリエ)

  • 地下鉄駅と一体的に設計・建設された泉ガーデン

さて目を世界に転じると、TODは世界の新興国において非常にホットな話題です。慢性的な交通渋滞に悩む中国、東南アジア、インド、中東、ロシア、南米などの各都市が、車中心社会から公共交通中心の社会への脱却を目指し始めています。各国とも都市部での公共交通網建設とそれに沿ったTOD型都市づくりを政策の第一課題の一つに掲げ、公共交通の先進国から知恵を学ぼうとしています。鉄道と都市の一体整備、一体運用という面で、世界で類を見ない発展を遂げた日本のTODに関する知恵や技術を、私たちはまずはプランニング&デザインという切り口で、中国を手始めに幅広く発信し始めています。

ところが、日本型のTODプロジェクトをそのまま輸出できるかというと、ことはそう簡単ではありません。なぜなら前提とする社会構造が必ずしも日本とは一致しないからです。日本では、国土が狭く道路を作る空間が取れない、地価が高く土地(空間)の有効利用が必須、高密度居住が許容される、気候が比較的穏やかで歩きやすい、格差が少なく公共交通機関の治安が良い、という特殊事情がTOD発展の必然性を生んできました。ところがこれらは海外では必ずしも当てはまりません。わかりやすい例でいうと、たとえば日本では駅と都市開発を積極的に地下でつなげようとしますが、海外ではそうでもありません。開発にとって「治安の悪い」駅はつなぎたくない対象だからです。

そのような事情がありながらも、やはり渋滞解消と効率的な経済発展のためにはTODが必須というジレンマを抱えていることを理解して、現在私たちは日本型TODのプランニングとデザインを活用した海外プロジェクトを進めています。その際には、単にハードの計画だけでなくソフトと一体であることも重要です。たとえば歩行者ITS(Informational Traffic System)のようなTODをより快適にするシステムや、駅周辺再開発において様々な利害関係者の調整を行うための、法制度や体制の在り方なども提案しています。今後これらを総合的にパッケージで輸出できるよう貢献していきたいと考えています。

  • 田中 亙

    田中 亙

    常務執行役員
    海外事業部門統括
    海外企画開発グループ代表
    海外拠点マネジメントグループ代表

    1988年、東京大学修士課程を経て、日建設計に入社、専門は都市計画・都市デザイン。ハーバード大学よりランドスケープの修士号も取得している。「東京ミッドタウン」(2007)をはじめとして、建築、都市計画、都市デザイン、ランドスケープ設計の知識・経験を総合的に生かすことで、大規模プロジェクトの実現に貢献してきた。2010年以降は活躍の舞台を海外に移し、都市デザインや公共交通指向型都市開発(TOD)、パブリックスペースデザインの分野に力を入れている。日本建築家協会会員、日本都市計画学会会員。

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