安心して暮らせる「大きな家」そして地域に開く学校「馬蹄寨(マーティジャイ)希望小学」

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日建設計[上海]の有志が上海の設計事務所2社とチームを結成し、プロフェッショナル・ボランティアとして設計を行った中国・雲南省の「馬蹄寨(マーティジャイ)希望小学」。希望小学とは、経済的な理由により就学のできない子どもへの支援や、貧困地域の小学校の新築改修を行う希望工程活動により建設された小学校のことを言います。

貧困地域は、厳しい気候や地形であることや、安定した産業がないなどの問題を抱えています。それに対してプロジェクトチームが行なった支援は、建築としてのハードの寄付だけでなく、自立した生活ができるようになるための取り組みでした。上海での日常の業務は、中国都市部の大型開発プロジェクトが大部分を占め、使い手の姿が見えるような仕事に触れることが少ない中で、使い手に思いを馳せ、優しさをもって設計するという大切な原点を共有できたプロジェクトでもあります。

単なる学校ではなく、たくさんの「行動」が生まれ、生活の中心となる場所になりますように。そのような豊かな未来への願いが込められた「馬蹄寨(マーティジャイ)希望小学」プロジェクトをご紹介します。

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「馬蹄寨(マーティジャイ)希望小学」プロジェクトスタートの背景

本プロジェクトの出資者は、民間出資者である上海海泰房地産です。上海海泰房地産は、日建設計が参加する前にすでに標準設計による1校を現地に完成させていましたが、継続支援にはより豊かな空間の創出が必要と考えていました。日建設計[上海]の有志はその主旨に強く賛同し活動を開始しました。

現地視察に入る前に、1.対象地の基礎資料分析、2.日本・世界での学校建築の潮流、3.教育システムの変遷、4.実現可能な構造・環境技術、5.1カ年短期実行計画、6.約5カ年長期実行計画、といったチームに分かれ基礎的な研究をスタートしました。

現地調査からわかった地域の実態

支援対象である雲南省文山州西畴県・富寧県は、ベトナム国境近くの山岳地帯に位置します。「雲南の山の中は、私たちにとって非日常的な風景でした」。プロジェクトメンバーの劉氏の言葉通り、中国都市部の大型開発プロジェクトを計画することの多いメンバーにとって、現地の生活や環境はまさに非日常でした。標高が高く、気候と地形の激しさゆえに安定した産業をもたない土地柄であり、農民の純年収は平均2万円にも満たない、貧困地域でした。そのため、大半の就労世代は出稼ぎで都市部に流出し、子どもたちの多くは学校で寄宿生活を送っています。

しかも、地震が発生する可能性の高い地域にありながら大多数の学校が老朽化しており、現地政府は速やかに学校の建替えを行うことを迫られていました。そのため、十分な検討を重ねながらも、効率よく進めていくことが要求されました。

4人一組の授業風景

新旧を問わず現地の小学校は、一般に塀で囲まれ村や集落と隔絶されています。多くの学校は学校施設の環境整備に伴い統廃合が進んでいました。今回のプロジェクトである馬蹄寨希望小学は、将来的な学生数を350人としており、村人口の10%近くがそこに暮らすことになります。多くの子どもたちが生活をしていく場所であるにも関わらず周囲と隔絶されていることに、プロジェクトメンバーは改善の余地を見つけました。

「子ども達が限られた資源と環境の中で、自分なりの知恵を活かして、頑張って勉強している姿に圧倒されました」。プロジェクトメンバーの劉氏の言葉の通り、子どもたちは物資が十分にない環境で生活のさまざまな工夫を自力で見出し、場所や物を自然に周りと共有する意識が見られたことは大きな発見でした。例えば、屋根の小屋組みを収納に変えたり、卓球台を食卓に変えたりするなど、空間の臨機応変な使い方に、子どもたちのすばらしい生活力と思いやりを感じることができました。

中庭の卓球台で昼食をとる子どもたち

安心して暮らせる「大きな家」、そして地域に開く学校へ

激しい山岳地の離村にある学校は、人が集まることのできる貴重な平地であり、村にとって活気あふれる公共空間となるべき唯一の場所です。このような空間を実現するために、私たちは豊かな空間の創出、安心安全を保証する「大きな家」が必要であると考え、この地域における学校づくりとは、共同体としての「村づくり」、村に暮らす人々が学校の内外を問わず共に活力を育む「人づくり」、そして学校の構想から建設までの過程そのものを、村の自然や技術の結集とする「ものづくり」であると提案しました。

これらの提案の実現には、実際に子どもたちを守り育てる立場にある現地政府と教育局が、自分たちの村・子どもたち・自然の潜在力を主体的に再発見する努力が不可欠でした。それが現地と私たちが、共にプロジェクトを推進していくための共通理念となりました。

軽視されがちな情操教育を学校の中核に

本プロジェクトのテーマである「村づくり、人づくり、ものづくり」を考えたとき、子どもたちが享受すべき教育の範囲は、一般の学習活動のほかにも、家庭における生活教育や自分たちの文化を学ぶ情操教育、村の長老から学ぶ農業や自然の中に生きる技術などがあります。

今回の対象地域には独自の文化形成を遂げた複数の少数民族が暮らしており、民族独自の言葉や衣装、踊りといった芸術が現在も存在します。

少数民族の花族の衣装

「最も美しい景色の場所はどこか?」「民族特有の楽器を演奏できる人はいないか?」と尋ねても、現地政府と教育局はすぐに答えることはできませんが、村そして学校がそれぞれの魅力を発見し、誇りとして育んでいくことができれば、真の意味で村に開かれた学校が実現する、とプロジェクトメンバーは考えています。

村のシステムにのっとった長く根付く建物

「子どもたちの建物の使い方を抽出し、子どもたちから学んだことを建物の設計に還元しました。外から来た画一的な価値観を村に持ち込むのではなく、もともと村に存在した価値観で建物をつくることで、村のシステムに則った長く根付く建物を目指しました。」と、プロジェクトメンバーの陸氏は語りました。

「家であり村である学校」の設計を具現化するため、準備研究の成果から最低限の設計原則を定めました。ただの四角い箱ではなく、いくつかの小さい建物をブリッジでつなげたり、高さがバラバラの窓を設置したりするなど、子どもたちのイメージが広がるような工夫をしてきました。さらに設計だけでなく、子どもたちに掃除の仕方を教えるなど、一方的に与えるだけでなく自立して生活できる支援を行うことにより、持続的な施設の利用を促しました。
調査の際、プロジェクトメンバーの劉氏が子ども達から感じた「正能量(前向きなエネルギー)」。決して恵まれた環境ではありませんが、その中でたくましく生きる子たちが「馬蹄寨(マーティジャイ)希望小学」での生活を誇りと感じ、いつか強い若者へと成長してほしい。日建設計のプロジェクトメンバーはそのように願い、継続的に支援をしています。

  • 陸 鐘驍

    陸 鐘驍

    執行役員
    日建設計(上海)董事長 兼 総経理

    1994年、東京工業大学大学院を経て、日建設計に入社。現在、日建設計上海CEO、日本と中国で建築設計に携わっている。中国銀行上海ビル(2000)、上海花旗集団大廈(2005)、上海緑地中心(2017)、蘇州中心(2017)は、WAF、MIPIM Asiaなど多くの建築賞を受賞している。また最近では、超高層を含む大規模開発や駅を中心としたTOD開発を日本、中国で手掛けている。一級建築士、日本建築学会会員。著書「環境建築的前沿」(2009)「駅まち一体開発 TOD46の魅力」(2019)(共著)

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