新型コロナウイルスによりもたらされる新しい社会に向けて
~人間らしさの再生 五感を高める仕掛けを創る~

日建スペースデザイン 代表取締役社長
大久保 豊
(役職は公開時のものです)

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 「デザイン」。単に表層的に美しくみせる行為と解釈されがちなこの言葉ですが、本来は、「問題解決のための手段」であり、「思考というプロセスを経た結果としての表現」とされています。空間をデザインするために我々デザイナーに必要なスキルは、先入観や慣習にとらわれず、あるべき姿を想像する創造力の高さです。
 コロナ禍で皆さんが心に封じざるを得なかった「モノやヒトに触れたいという人間が本来持つ欲求」を取り戻す解がデザインではないか、そして我々はそれを後押しできると、私は考えています。

日建スペースデザイン 代表取締役社長 大久保 豊 日建スペースデザイン 代表取締役社長
大久保 豊
(役職は公開時のものです)

コロナ禍が教えてくれたこと

 世界中で「STAY HOME」が合言葉となり、それぞれが今いる場所に留まり、自分の正直な気持ちに向かいあう時間が増えました。私は、このコロナ禍は人間のエゴに対する自然界の戒めではないかとすら感じています。常識や当たり前に思っていたことに対する疑問や気づきが生まれ、何が自分にとって本当に大切なのか、どうしてそれが必要なのか、再発見の機会になりました。多くの人にとって、生活習慣や仕事の仕方、健康や安全に対する意識向上など、新しい生き方を模索するきっかけとなったことでしょう。
 一方で、多くの企業が在宅勤務の上限を取り払いリモートワークが浸透し、会議のみならず、呑み会までもがWEB対応となりました。IT化とグローバリゼーションで情報は拡散の一途をたどり、生産の場では自動化や機械化が加速しています。無人対応可能なシステム導入が街の小さな店舗の窓口から世界の大きな工場まで、BCP(事業継続計画)に織り込まれているようです。AI(人工知能)を持つロボットとの付き合いも日常となった今、これらのテクノロジーと共存しながら持続可能な社会を築いていくには、実は「人間らしさ」を取り戻すことが根底として必要ではないかと思うに至りました。

「過ごしにくさ」と共存する工夫

 では、あらためて、人間らしさとは何でしょうか。今年は静かに動きを止めていた期間があったからでしょうか、感性が少し繊細になっているのかもしれません。今年も夏が終わりに近づき、なぜか懐かしむ気持ちになる自分がいます。
 そもそも我々日本人は、四季や自然と上手に調和するように暮らしていたように思います。たとえば、夏の蒸し暑さを和らげるものとして、風鈴やすだれが思い浮かびます。縁側に座って、風鈴の涼しげな素材感と心地よい音色と共に、井戸水で冷した西瓜のみずみずしい食感を楽しんだこと。すだれから漏れる光の揺らぎ、隙間からの心地よい風を感じながら、宿題の本を片手に、遠ざかる蝉の声を聴きながらうたた寝をしたこと。西瓜の皮の手触りや食感、肌に当たる風、畳の手触りといった感触は、今でもはっきりと覚えています。親が教えてくれるでもなく環境として与えてくれ得た「過ごしにくさのやり過ごし方」ですね。うだるような蒸し暑い夏の日に、あれこれと工夫して涼しく快適な空間に変容させること。五感を大切に豊かな記憶を紡ぐこと。これが、人間らしさであり、ヒトの価値を強化する手段なのではないかと思います。

自然以上に五感を活性化する仕掛けを創れるか

 今は、安心安全のハードルが上がっているのでしょう。「触れる」という今までごく当たり前に楽しんでいたことさえも、あらためて贅沢だったと感じています。現代は、バーチャルの技術の進化が加速化して、どこでもリアルな体験が出来るようになっています。今後さらに、モノ、ヒトに直接接触しなくても、デザインの仕事も出来る時代になっていくでしょう。
 それが時代の流れだとしても、私たちデザイナーは、想像力と創造力をもって、五感に訴え記憶に残る情景を提供し続けなければいけないと思っています。自然を超えて、感情の揺れ幅を大きくする、もしくは揺れを止める空間を提供できるか? 自問し続け、仕掛けを作り続けることこそ、我々の仕事だと思います。

所属のアイデンティティと新たなワークスタイル

 コロナ禍で「距離感を保つことが相手を大切にする」という新たな価値観が生まれ、旧来とは違うワークスタイルが受け入れられました。コミュニケーションの工夫を凝らすことで、それぞれ居心地の良い場所から役割を果たすワークフローも構築されました。シティホテルのサテライトオフィス利用やリゾートホテルでのワーケーションも注目されています。自然のなかで仕事をするという流れも、創造力と五感を取り戻す良い方法のひとつだと思うのです。
 同時に、同じ企業体で同じゴールに向かって働くという一体感の醸成がしにくいことは、私自身も実感として持ち始めています。何か取りこぼしていないか不安と焦りが生まれるかもしれません。孤独感がつのる方もいらっしゃるかもしれません。いやいや、特に不便も不満もなく、マイペースな生活や仕事を楽しんでいるという方もいらっしゃるでしょう。
 新しい社会におけるオフィスの環境に必要な要素は何かと考えたとき、「やっぱりこの会社でこの仲間と仕事ができて嬉しいな!」と同じゴールを共有し、共感を生む仕掛けではないかと思っています。
 先入観や慣習にとらわれず、やってみればすっとできてしまうこと、ほかにもたくさんありそうです。そんな仕掛けを、これから皆さまと一緒に考えていきたいと願っています。(2020年9月18日)
※「Beyond Covid-19 社会・都市・建築」は連載です。今後は、建築家、プランナー、エンジニア、コンサルタント等が各専門の立場でビジョンを定期的に発信していきます。

大久保 豊

大久保 豊
日建スペースデザイン 代表取締役社長

1981年 日建設計入社インテリア部配属
1996年 日建スペースデザインに移籍
2001年 同社取締役 チーフデザイナー
2014年 同社代表取締役

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