新型コロナウイルスによりもたらされる新しい社会に向けて
~歴史から学んで都市と建築の未来を描く~

日建設計 執行役員 設計部門プリンシパル バルセロナ支店長
村尾 忠彦

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 欧州の感染症の歴史と、都市デザイン、建築デザインの発展には大きな関係があると言われています。本稿ではスペインを襲ったコロナ禍での日建設計バルセロナ支店のテレワークへの移行経過をご報告するとともに、欧州における感染症の戦いと、それによってもたらされた歴史的革新を振り返ることで、withコロナの時代に都市や建築が人々の生活に貢献できるヒントを探っていきたいと思います。

日建設計 執行役員 設計部門プリンシパル バルセロナ支店長 村尾 忠彦 日建設計 執行役員 設計部門プリンシパル バルセロナ支店長
村尾 忠彦

バルセロナ支店のテレワーク

 サッカーFCバルセロナのスタジアムである「カンプ・ノウ国際建築コンペ」の当選により、日建設計は2016年からバルセロナにオフィスを開設しています。
 ヨーロッパに最初にコロナウィルスの症例が出たのは1月末のイタリアで、その後またたく間に感染者が増えていきました。隣国の状況に危機感を覚えたバルセロナ支店では約80名におよぶ実施設計メンバーがFull BIMの設計環境のまま、いかにしてテレワークに移行できるかについて本社と連携しながら24時間体制で検討を重ねていました。結局スペインでは3月14日にロックダウンが宣言され、欧州で最も厳しい徹底した外出禁止令が出ることとなりましたが、翌週には全ての所員がリモート環境を整えて円滑に在宅勤務への移行を終え、テレワークを維持したまま本年7月末に2万枚に及ぶ実施設計図書を無事に納めることができました。

感染症と都市デザイン

 欧州は古くから感染症に悩まされていました。ペストはすでに6世紀から広まっており、14世紀のペスト感染拡大期は、結果的に古いしきたりから人間回帰を促し「ルネサンス」をもたらしたと言われています。19世紀のコレラの大流行は、1853年~70年にいたる「パリ大改造」を行うきっかけとなりました。建て詰まった街区と下水道環境が整わない不衛生な街区は感染症の温床になっていました。パリでは古い建物を解体し、拡幅した街路を通すことで、街に「光と風とオープンスペース」を取り戻そうとしました。このパリ大改造はバルセロナの都市デザインにも大きな影響を与えました。

 パリ大改造を主導したオスマンと親交のあったバルセロナの技師セルダは1859年、中庭を有する113.3m×113.3m単位のユニットが街区を構成する碁盤目状の都市デザインを提案し、現在のバルセロナの美しい新市街地の基本単位となっています。バルセロナでは産業革命によって急速に発展した旧街区の環境汚染対策も急務となっており、それを回復させるための都市デザインのキーワードは、やはり「光、風、オープンスペース」だったのです。

バルセロナ新市街地 バルセロナ新市街地

感染症と建築デザイン

 17世紀中ごろから欧州に拡がっていた結核は19世紀末のコッホによる結核菌の発展をきっかけに、サナトリウムという療養施設の建設を促し、埃を溜まりにくくするために装飾を排した白い壁による建築スタイルは20世紀前半からのモダニズム建築の発展へ大きな影響を与えていくことになります。サナトリウム建築の影響を最も良く見て取れるのがパリ郊外に1931年にル・コルビュジエの設計で建てられたサヴォア邸です。サヴォア邸は息子のロジェが結核を患っていたことから、パリの喧騒を離れて週末を家族でゆったり過ごすことを意図して計画されました。ピロティで持ち上げられて、主要な生活空間が地面から切り離されて上階にあるのは、湿り気の多い地上面から切り離すことで結核の症状悪化を防ぐという実用的な面がありました。また地上面から解放されることで、家族の生活空間には水平連続窓による溢れる採光と十分な通気を確保することが出来たのです。また屋上には心地よいオープンスペースが生活空間とスロープで一体的に繋げられており、建築デザインにおいても「光と風とオープンスペース」が獲得すべき大きなテーマだったことが窺えます。

サヴォア邸(筆者撮影) サヴォア邸(筆者撮影)

これからの都市デザインと建築デザイン

 感染症との戦いとそれによってもたらされた歴史的革新を踏まえると、私たちはこれからどんな方向に向かっていくのでしょうか。私は「光と風とオープンスペース」というキーワードを健康的な生活に向けての普遍的価値があるものとして大切にしながら、人々の生活に新たな付加価値を与えるような試みがひとつの突破口になるのではないかと感じています。

 バルセロナ市では「SUPERBLOCKS」という都市デザインの試みを始めています。セルダによって整えられた新市街地内の自動車道路を部分的に廃し、それを歩行者と自転車専用の特別空間とすることで、市民の安全と健康を守る試みです(図1)。特別空間内には、ゆったりくつろげる十分な数のベンチ、緑豊かなプランター、色鮮やかに描かれた床ペイントなどが施されて、市民に親しまれています。街の骨格を大幅に変えるのではなく、それを維持しながら投資を最小限にしつつ、光と風と緑に溢れて健康的で快適なパブリックスペースを取り戻す試みと言えます。

図1:SUPERBLOCKS 概念図(出典: Ajuntament.Barcelona.cat(バルセロナ市HP)) 図1:SUPERBLOCKS 概念図(出典: Ajuntament.Barcelona.cat(バルセロナ市HP))

SUPERBLOCKS 実例 (出典: Ajuntament.Barcelona.cat(バルセロナ市HP)) SUPERBLOCKS 実例
(出典: Ajuntament.Barcelona.cat(バルセロナ市HP))

 私たちが取り組んでいるカンプ・ノウも既存躯体をできる限り残しながら、その外側にテラス状の開放的なオープンコンコースを纏わせることで十分な流動性を確保しつつ、快適な滞留空間を設けることにより、スタジアムそのものが単なるスポーツ施設を超えて、収益性を確保しながらスタジアム自体が開放的な公園とすることが提案の大きな骨子となっています。

新カンプ・ノウ オープンコンコース 新カンプ・ノウ オープンコンコース

 コロナ禍での経済状況では大規模な投資を伴う開発には合意形成に時間を要することが想像されますが、このように既存のストックをうまく活かしながら、人々のアクティビティから発想し、人々の生活を少しずつ豊かにする試みを収益性の確保を意識しながら繋げていくことができれば、都市と建築の次なる歴史の転換点になるのではないかと思います。(2020年9月11日)
参考書籍:La Villa Savoye (2011年発行:著者 Dominique Amoroux、出版社:EDITIONS DU PATRIMOINE)
バルセロナ旧市街の再生戦略(2009年発行:著者 阿部大輔、(株)学芸出版社)
 
※「Beyond Covid-19 社会・都市・建築」は連載です。今後は、建築家、プランナー、エンジニア、コンサルタント等が各専門の立場でビジョンを定期的に発信していきます。

  • 村尾 忠彦

    村尾 忠彦

    執行役員
    設計部門 プリンシパル
    バルセロナ支店長、カンプ・ノウ特命担当

    1985~1987年文科省国費留学でワシントン大学大学院で都市デザイン、建築デザインを学ぶ。1988年神戸大学大学院修士課程を修了し日建設計へ入社。「クイーンズスクエア横浜」「パシフィックセンチュリープレイス丸の内」「ミッドランドスクエア」「札幌創世スクエア」などの大規模プロジェクトや「日本経済新聞社本社」「富士重工業本社」「オンワード本社」「日建設計東京ビル」など企業の本社ビル、「合同庁舎8号館(内閣府)」「福岡高等裁判所」などの官庁舎など数多くのプロジェクトを担当してきた。2016年のカンプ・ノウ国際コンペに当選。現在はバルセロナ支店長としてバルセロナにてプロジェクトを統括。これまで手掛けてきたプロジェクトは日本建築学会賞(業績部門)、日経ニューオフィス賞をはじめ多くの賞を受賞。一級建築士、日本建築学会会員、日本建築家協会会員、APECアーキテクト。

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