新型コロナウイルスにより
もたらされる新しい社会に向けて
~モザイク化が加速する30分都市圏~

日建設計 都市部門統括 大松敦
(役職は公開時のものです)

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 新型コロナウィルスの影響で在宅勤務を余儀なくされた私達は、不自由な思いをした一方で、大きな気づきを得ることも出来ました。こうした気づきから生まれる社会の変化はやがて都市のかたちにも影響するような感じがします。
 そんな感触についての可能性の一端を紹介したいと思います。

日建設計 都市部門統括 大松敦
(役職は公開時のものです)

コロナによる行動と価値観の変化

 ステイホームと言われた3月末以来の自粛生活の中で、私たちのライフスタイルは大きく変わりました。オフィスワーカーにとって最大の変化は働き方だったでしょう。毎朝眠い目を擦りながら満員電車に揺られなくとも仕事が進むという事実は、私たちにとっても良い意味で大きな衝撃でした。テレワークはすでに技術的には実現されており、これを阻んでいたのは私たちが当たり前だと思い込んでいた商習慣や仕事の仕方だったということがよくわかりました。
 もちろん働き方だけではなく、身近な生活圏が意外に豊かであることに多くの人は気が付いたのではないでしょうか。著名な観光名所に行かなくとも近所の寺社仏閣の歴史に感心したり、微地形や暗渠を上手く活かした広場や遊歩道などのパブリックスペースで、運動や交流を楽しんだ方も少なくなかったでしょう。移動手段についても変化は大きく、安全性最優先の考えから鉄道やバス、タクシーなど第三者と空間をシェアする公共交通が敬遠され、徒歩や自転車などパーソナルな移動手段が選択されることが多くなりました。

都心/居住地の中間エリアへの期待

  突如として市民権を獲得した在宅勤務に関しては課題も見つかりました。今回は学校などの休業も重なり、子供と過ごせる時間が増えた喜びと共に仕事との両立という難問も生み出しました。共働き世帯にとっては、同時にWeb会議がある時の音や通信環境の対応も課題です。都心のオフィスまで行かなくとも家の近くで集中できるワークプレイスが欲しいという声はかなり多かったと推察します。

 これからの大都市において都心部と居住地の中間に、こうした需要が高まってくるのではないでしょうか。もちろんワークプレイスだけではなく、関連する交流施設や商業施設も充実すると良いですし、医療機関も中間エリアへの分散立地が進むかもしれません。首都圏の平均通勤時間は片道約50分と言われているので、この中間エリアはその真ん中、自宅からもオフィスからも25分〜30分程度の時間距離が適当と考えます。
 おそらく、中間エリアでのワークスタイルは朝から夕方までずっとというものではないでしょう。午前中のみここで働き、午後からは都心に出社することも考えられるでしょうし、Web会議をここで対応した後に自宅に戻って在宅勤務というのもありそうです。自宅と中間エリアの往復は徒歩が理想ですが、途中で買い物をしたり子供の送り迎えをするのには自転車や小さな電動車というのもいいですね。家からも都心のオフィスからも30分以内で行ける中間エリア(図1)ではこのような多様なライフスタイルシーンにフレキシブルに応えることが求められそうです。そのため季節や時間帯によって用途を簡単に変えることのできるマルチタスク空間が増えてくるのかもしれません。

東京の都市構造変化を展望

 こんな変化が東京で進むとすれば、中間エリアとなるのはどんなところでしょうか?例えば東京都が都市開発諸制度の中で「活力と賑わいの拠点地区」や「枢要な地域の拠点地区」(図2)と示しているエリアは有力な候補だと思われます。西では環七の内外、東の方では環六と環七の間あたりがイメージしやすいのではないでしょうか。これらの拠点地区群はいずれも鉄道駅を核としており、都心のオフィスまで30分以内で到達できます。また、これらのエリアに徒歩または自転車で20〜30分圏となると、都心に通うビジネスマンの居住地を相当程度カバーできると思われます。 

 東京の都心はもともと多中心構造が特徴です。ビジネス拠点の大丸有、商業の顔としての銀座、歴史と文化の日本橋はもちろん、渋谷、新宿、池袋や品川などの巨大ターミナル駅の周りは各々が異なる街の雰囲気を創り上げています。赤坂・六本木や臨海部も新しい東京の顔となってきています。
 これらから発展が期待される中間エリアでも、都心部と同様に歴史や文化の違いや地形の特徴などによって個性が際立ち、一つ一つがオリジナリティあふれる都市圏を構成することが重要です。これによって東京都が「目指す都市像」として検討しているモザイク状の都市構造(図3)への変化が加速するでしょう。
 もちろん都心でしか出会うことのできない超一流のライブエンターテイメントやスポーツ観戦などリアルな価値も再認識されています。中間エリアを中心とした30分都市圏での生活と都心での高質なライフスタイルを両立することで、私たちの生活はこれまで以上に便利で豊かになると思います。

すでに起きている変化の兆し

 2019年11月に国交省が発表した東京都市圏PT調査結果によると、1978年の調査開始以来初めて総トリップ数が減少しました(図4)。首都圏の人口が引き続き伸びており、その中でも働く女性が増えている状況下でのトリップ減少は、在宅勤務をはじめとする多様なワークスタイルが予想以上に早く広く浸透していることを表しているかもしれません。これらのトレンドをリードしているのは若手のインキュベーターやクリエイターなど、大企業離れした若者たちではないかと思います。これから大企業が働き方の多様性に舵を切ることによって、人の動き方の変化も大きく加速するでしょう。今後の詳しい分析や洞察に注目していきたいと思います。

※「Beyond Covid-19 社会・都市・建築」は連載です。今後は、建築家、プランナー、エンジニア、コンサルタント等が各専門の立場でビジョンを定期的に発信していきます。

  • 大松 敦

    大松 敦

    代表取締役 社長

    1983年、東京大学建築学科を経て、日建設計に入社。数多くの都市開発プロジェクトに参画し、マスタープランからプロジェクトマネジメントまでを一貫する新しいプロフェッションを構築。「東京ミッドタウン六本木(2007)及び日比谷(2018)」、「東京駅八重洲口開発」(2013)、「渋谷ヒカリエ」(2012)を含む「渋谷駅周辺再開発」など、東京の大規模TODプロジェクトを多く担当している。2021年より現職。一級建築士、日本建築学会会員。

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