足かけ8年、数々の社会実験を経て誕生
町田駅前の交流拠点「はっとまちだ」
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2025年3月、東京・町田市に新しい交流拠点「はっとまちだ」がオープンしました。町田駅前の大通りを舞台に、まちの活性化を目的とし、もともと設置されていた民間交番を多機能化してリニューアルしたものです。まちづくりを担う株式会社町田まちづくり公社が中心となって、さまざまな社会実験を行いながら、約8年をかけて実現したプロジェクト。日建設計は、建物の設計に至る前から地域の課題や思いに寄り添い、そこにあるべき体験価値をクライアントと共に検討してきました。
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民間交番からまちの交流拠点へ
町田まちづくり公社 事業部 中心市街地活性化推進課長
鈴木不二人 氏
撮影:井上佐由紀写真事務所
当社(公社)は1999年に、中心市街地の活性化を目的として、町田市、中小企業基盤整備機構、地元商業者などの出資によって設立された株式会社です。公社が運営する複合ビル「ぽっぽ町田」の駐車場事業や荷捌き場事業を中心にさまざまな事業を展開しています。
一方で、まち全体を見た時に施設が老朽化し、他の地域に比べて再開発があまり進んでいない状況があり、公社として何かできないかと検討していました。2019年に、まち中の活動をもっと充実させていこうという方針を立てて、同時に町田市から都市再生推進法人に指定されたことで、道路占用の特例許可などを活用した実験的なプロジェクトも企画実施してきました。
——そうした中で「はっとまちだ」のプロジェクトはどのように始まったのでしょうか。
鈴木
町田市が2016年に策定した「町田市中心市街地まちづくり計画」をベースに、同計画が掲げる10の取り組みのうち「原町田大通り 憩いと賑わい空間を創造するプロジェクト」について、当社が貢献できることを検討しました。
原町田大通りは、JR町田駅前交差点から町田街道までをつなぐ4車線の目抜き通りで、今後は道路が延伸され芹ヶ谷公園へのアクセス路となることが期待されています。一方で、休憩できる場所がない、道路がまちを分断しているといった課題もあり、歩行者にとってよりよい環境をつくるため、市と一緒に整備計画に参画してきました。そして4車線の一部を歩道として拡幅する整備を進める中で、当社が2018年から市から委託されて運営していた「民間交番」を活用してはどうか、というアイデアを提案したのです。
はっとまちだ裏手にある「spot」にて
撮影:井上佐由紀写真事務所
鈴木
民間交番「セーフティボックス・サルビア」は、地域住民がパトロールや道案内など周辺の見守り活動をするための拠点として、2004年に原町田大通りに設置されました。主に商店会や町内会の方が活動していましたが、高齢化などで続けることが難しくなり、2018年にいったん閉所しています。それを町田市が引き継ぎ、当社が受託して2024年まで業務を行ってきました。周辺の体感治安が向上したこともあり、当社としても民間交番の機能をもう少し充実させたいと考えていて、それが今回の「はっとまちだ」の構想へとつながったわけです。
まちの課題や可能性を一緒に考える
日建設計(当時)
MEMENT(現)クリエイティブ・ディレクター/デザイナー
上田孝明氏
撮影:井上佐由紀写真事務所
2020年度に町田市と公社からの委託で、原町田大通りの将来像を検討するプロジェクトにコンサルタントとして参加したのが最初です。当時は多摩都市モノレール町田方面延伸の検討が進んでいたため、大通りをクルマ中心の移動空間から歩行者中心の公共空間へととらえなおして活性化しようという機運がありました。そのビジョンをつくるために、市と公社と一緒に事例を視察したり、ワークショップを行ったり、約1年をかけて何をどう実現するのかということを考えていきました。
設計監理部門 設計部長
勝矢武之
撮影:井上佐由紀写真事務所
例えば大通りの車線を減らせば道路の使い方も変わり、いろいろな可能性が出てきます。具体的な仮説を出して、それを実証する実験を行い、市民の声を聞きながら新しいまちのあり方を探っていこう、というわけです。
上田
車道を撤廃して公園にするとか、そこにウォータースライダーをつくるとか、奇想天外なものも含めて多彩なアイデアが出ました。そこで2020年度の結論としては、これから原町田大通りを「まちの実験区」と位置づけてさまざまなアクティビティの実験をやっていこう、という方針を掲げました。
——建物を設計する前の実験段階から関わっているのですね。
企画開発部門コモンズグループ
佐野勇太
撮影:井上佐由紀写真事務所
当時僕らが所属していたのは、Nikken Activity Design Lab.、通称NADという部署で、そもそもその場所でどういった体験があるべきなのかを議論し、そこからバックキャストで建物の設計に落とし込んでいくチームだったのです。
勝矢
NADが生まれた背景として、日本は人口減少で空き家が増え、それなりに建物の“ストック”がある。そのためプロジェクトが立ち上がっても、すぐに「新しい建物をつくろう」という話にはなりにくいという状況があります。今は課題そのものが見えにくい時代なので、クライアントと一緒に考えることで企業や社会にとって本当に必要なものを提供していきたい。今回もそうした問題意識のもと、我々NADが企画の上流から入って取り組んでいます。
実証を積みながらプランニングを進める
鈴木
日建設計が入る以前から実験を行ってきましたが、(道路使用許可が下りず)道路を使うことができなかったので、2018年度は、近隣の大型商業施設(町田東急ツインズ)の公開空地を仮想の道路と見立てて使わせてもらいました。2019年度は、原町田大通りをただ通行止めにするという実験を行いましたが、車両の通行を止めると警備費用がかかり、交通事業者や沿道店舗などとの膨大な調整も必要だということを学びました。2020年は、原町田中央通りまで検証のエリアを広げて、荷捌き車両のスペース確保や歩道拡幅に関する実験をしました。こうして実績を積みながら、ようやく2021年度に日建設計と一緒に車道を使った社会実験をすることができました。
——それが2021年の「もしも原町田大通り」ですね。
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参加型意見収集ツール「もしもステッカー」
撮影:日建設計 -
仮設の道路上滞留空間(滞留空間の社会実験)
撮影:日建設計
はい、2021年11月から12月にかけて、「もしも原町田大通り」と称した社会実験を行いました。バス停車帯として設けられ現在は停車スペースとして活用されている車道の一部にデッキとベンチ等で仮設の滞留空間をつくり、トレーラーハウスを置いてお子さんでも楽しめる展示をしてもらったり、個人でラジオ番組をやっている方にトークライブをしてもらったり。プロジェクターで大きな画面を投影してゲーム大会もやりましたね。
10くらいの企画を試しながら、市民の皆さんからコメントをもらって大きな掲示スペースに張り出しました。通りがかりの人にも「道路ってこんな使い方ができるんだな」と気づいてほしかった。コロナ禍も追い風となって、屋外で人が活動する価値や経済的な効果が見直されていたタイミングだったと思います。
——民間交番の活用については、2022年に社会実験を行っています。
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仮設の道路上交流拠点(交流拠点の社会実験)
撮影:日建設計 -
「市民の舞台」としての道路上空間の実証
撮影:日建設計
はい。この社会実験では民間交番の継承というよりは、もう少し広い意味合いを持つ交流拠点として、それまでの実験で出てきた「休憩スペースがほしい」「飲食や雑貨の出店がほしい」といった意見をもとに検証してみようということになりました。
佐野
「民間交番を市民の舞台に」というスローガンを掲げて、小さなマーケットを開催したんです。従来と同じく道案内のほか、コーヒーのテイクアウトや、飲食・物販スペースも設けました。わずか2日間でしたがお客さんがたくさん来てくれて、口コミもあって大盛況でした。道路上であるからこそ、日常的に気軽に立ち寄れる場所が求められていることがわかり、人が立ち止まる仕掛けや交流のあり方についても皆さんと議論することができた。行政や個人事業主の方々からも好評だったので、そこから本格的に新しい交流拠点のプランニングに入っていきました。
——どのような経緯で、このシンボリックな形になっていったのでしょうか。
はっとまちだの3Dプリント立体模型
撮影:井上佐由紀写真事務所
最初は、「渋谷の“ハチ公”のようにこの街を象徴する存在になってほしい」という公社社長の言葉ですね。その想いを軸に、場所が持つ特性や人の流れなどを多角的に読み解きながら、何度もスケッチやモデルで検討し、社内や公社と議論を深めていきました。特定のモチーフがあったというよりは、その土地そのものが語りかけてくる形を丁寧にくみ取り、見る人それぞれが自由に意味を見いだせる、抽象的で開かれた形です。土地の記憶と人の想像力が静かに響き合うような存在を目指しました。
はっとまちだ全景
撮影:IT IMAGING Shota Hiyoshi
決して大きな建物ではないため、普通の建物をつくっても皆さんの目には留まらない。パッと気を引く新しさや違和感があって、かつ、どこか懐かしさと愛着が湧いてくるような形を検討しました。また「市民の舞台」としてまちに対して開いていることが大切だと考えて、遠くからでも見える高い屋根の家のような建物になっています。
——建物にはたくさんの窓があり、インフォメーションやテイクアウトなど機能によって窓枠のサイズやカウンターの高さが異なります。
家具のようなスケール感の壁面
撮影:IT IMAGING Shota Hiyoshi
どうしたら皆さんが立ち寄りやすくなるかなと考えて、“家具のように身体に寄り添うスケール感”で壁面を構成しました。屋根からのボリュームと地面からのボリュームがあり、その間は何も遮るものがなく大きく開かれている。そこにたまたまガラス(窓)がそっと収まり、人々を迎え入れる、というイメージなんです。
——銅製の屋根も含めて仕上げにこだわり、天井と軒天には木製パネルが張ってあります。
屋根の内側
撮影:IT IMAGING Shota Hiyoshi
柔らかさと懐かしさを演出したかったので、昔の民家で使われたような「うろこ張り」を模した雰囲気になっています。屋根全体に網を被せたようなパラメトリックデザインで、コンピュータでシミュレーションして約3,000枚の異なる形状のタイルをつくりました。
ほかにもカウンターは「洗い出しネットストーン」と言って小さな玉石がたくさん埋め込まれています。何かまったく新しい建物ができたというよりは、温かく迎えてくれるような雰囲気を出したくて、材料も独特のゆがみやテクスチャーがある材料を選んで使いました。
市民との良い関係を築くための場所
町田まちづくり公社
事業部 中心市街地活性化推進課 主任
青木枝里氏
撮影:井上佐由紀写真事務所
小学生からお年寄り、主婦から企業と年代・属性バラバラなまちで過ごす方に名称を相談したところ「なんだか帽子に似ているよね」という声があって。そこからいろいろと議論して最終的に「ハット(帽子)」という名称につながりました。
上田
「はっとまちだ」のほかにも、テラスや広場も統一で「はっと◯◯」という冠をつけています。「はっとまちだ」「はっとテラス」「はっとスポット」というネーミングの構造も含めて、この場所一帯の統一感を持たせるようなビジュアル・アイデンティティ(VI)も、町田市のグラフィックデザイン事務所がデザインしています。サイン計画だけではなくウェブサイトやリーフレットなどの印刷物もトータルで同じブランドに見えることが大事だと考えて、すべて同じVIで展開しています。
はっとテラス(パークレット)にて
撮影:井上佐由紀写真事務所
青木
町田にはいろいろな活動している人がいることがわかり、皆さんとのつながりを感じながらプロジェクトに取り組んできたので、まずは皆さんと一緒に考えてきたものが形になってうれしいです。
オープン当初は「ここって“交番”だったよね」という反応が多くて、民間交番の認知度の高さを改めて知りました。その上で、「より良くなった」というポジティブな声をいただいています。最近は「町田に住んでいるので何かやってみたい」と、イベント参加を希望される方も増えてきました。
先ほども、実証実験の時から協力くださっている近隣のお寺の住職さんが声をかけてくれて。次の週末には境内を借りて原町田大通りとは違う他プロジェクトのイベントも行わせてもらうんです。「はっとまちだ」は、地域の皆さんとの良い関係を築くきっかけを生む場所になっていて、「この場所をきっかけにつながり広がる」を感じています。
鈴木
まずはスタッフが楽しんでいることが一番ですよね。市民や来街された皆さんから声をかけてくれることがうれしいですし、課題や気になることはぶつけてほしいな、と思っています。賑わいや交流にあふれるまちの実現に向けて2018年から8年かけ構想し、民間交番から機能を拡充しできた「はっとまちだ」です。様々な方々と一緒に何ができるかを考えながら愛される施設になる、という意識をこれからも持ち続けて運営していきたいです。
——今後の展望について教えていただけますか。
撮影:井上佐由紀写真事務所
我々は企画部門として、次の展開を検討していこうと思っています。例えば「はっとまちだ」に出店する事業者が、今後まちに根付いていくための仕掛けを考えたり、新たな拠点をまちに点在させる可能性も含めて、もっと広い視点で見ていけたら。はっとまちだという実店舗があることによってまちの現状や課題を知ることができるので、もともと掲げていた「まちの実験区」というコンセプトに立ち返って、これからもいろいろと試しながらアップデートを図っていきたいです。
撮影:IT IMAGING Shota Hiyoshi
都市の中心部で、かつ駅から出てすぐの道路上にこうした交流拠点ができた事例はなかなかありません。この経験を生かしながら今後もいろいろな地域に新しい種を撒くような活動につなげてもらい、さらにまちが良くなっていくといいなと思います。
佐野
すばらしい人たちと出会えて一緒に仕事ができて、個人的に100%に近いくらいに納得のいくプロジェクトでした。またプロジェクトを通して、まちづくりは人と人のつながりが何よりも重要なんだな、ということを実感しました。
勝矢
近年、街の屋外空間が着目されて、歩いて楽しい街をつくる機運が高まってきたところに、今回のプロジェクトに関わることができてよかったです。「はっとまちだ」は“街のツボ”のような存在。ツボを押すことでいろいろな流れがつながって、全体的なにぎわいが生まれるはず。皆さんにとって愛着の湧くまちができていくことを願っています。
——ありがとうございました。