文化的価値のある建物を未来へつなぐ

文化的価値を持つ建物をもっと身近に こころをつなぐ活用に向けて 近現代建造物を「動態保存」する

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近年、伝統的な木造建築物だけではなく、文化的な価値のある近現代建造物を保存し、活用する「動態保存」の動きが活発化している。日建設計も新たなビジネスとして積極的に取り組むための専門チームを新設する予定だ。日本の文化的価値のある建物の保存のこれからの在り方と、そこに求められる役割などを、チームを率いるクライアント・リレーション&ソリューション部門ヘリテイジビジネスラボ アソシエイト ファシリティコンサルタント 西澤崇雄に話を聞いた。

鉄骨造や鉄筋コンクリートなどの近現代建造物が文化財保存の対象となり、新たなノウハウが求められる

——近年、文化財的価値のある建造物を活用しながら保存する「動態保存」が注目されており、日建設計でもヘリテージビジネスに取り組んでいますが、こうした建造物の保存改修をめぐる日本の状況や、日建設計がその分野を手がける上での強みを教えてください。

1995年の阪神・淡路大震災以降、全国的に耐震改修の動きが加速しました。また、文化財の保存改修というと従来は神社仏閣などの重要文化財が多く、伝統的木造建造物の専門領域で官公庁や特定の文化財を専門とする設計監理団体が行うものでした。

ですが近年、煉瓦造であったりエレベーターを備えるような、明治期からの近現代建造物が重要文化財指定を受けるようになると、修理・改修しながら継続的に活用しようという機運が出てきました。文化庁も専門家から成る協力者会議を立ち上げ、2018年には保存と活用の在り方に関する報告をまとめています。

これらの近現代建造物は、公共施設や企業が所有する稼動資産が多く、鉄骨造や鉄筋コンクリート造、その混合である鉄骨鉄筋コンクリート造という、これまでの文化財保存を手掛けてきた方々にとっては経験の少ない分野であり、日建設計にとっては最も経験の多い領域あるとも言えます。

事業計画から設計監理、運営支援までワンストップで提供

——日建設計ならではのヘリテージビジネスとは、どのようなものでしょうか。

文化的価値のある建物の改修を検討したいが、そのプロセスや費用感が分からないというお客様に対し、これまでの大規模プロジェクトを担当することで培われたプロジェクトマネジメントのノウハウを用いることで不安を払拭します。
また、文化財建造物修理主任技術者や地方自治体が養成するヘリテージマネージャーも大阪府・京都市における登録者がチームに在籍するなど、実務経験の知見・ノウハウが潤沢なことも日建設計の強みです。文化庁や観光庁とも実務を通じて密に連携体制をとり、ヘリテージ活用や近現代建造物の専門家などの有識者とのネットワークも構築し、事業に活かされています。

こうした体制のもと、近現代建造物をこの先も活用し続けていけるよう、思い切った用途転用も視野に入れた事業計画の提案から耐震構造の検討、新築・増築や改修の設計、工事後の運営支援まで、ワンストップで提供することができます。それには大規模改修に備えるコスト管理といった現実的なソリューションも含まれています。

そのほか、文化財指定制度には改修にまつわる制約の一方で、補助金や税制上の優遇といったメリットもあります。それらを整理してお客様の補助金申請や、丹念な調査が必要な調査報告書の作成や助言など、この分野の専門性を高めているからこそ対応できることといえます。

写真:国立国会図書館国際子ども図書館

先人の志を受け継ぎ再生する

——日建設計がかねてより注力してきた、ライフサイクルデザインとはまた異なる魅力がありそうですね。

ライフサイクルを通じて顧客の経営資源である土地や建物、設備等のファシリティを、顧客の事業活動・事業戦略を実現する「真の経営資源」とすることを目指す活動を、私たちはライフサイクルデザインと呼んでいますが、そのなかで特に文化財的な価値のある建造物を扱う場合は、創建時の高い志に触れることが少なくありません。たとえば、2019年1月より1年半の工期でリニューアル工事を進行中の「名古屋テレビ塔」は、「耐震構造の父」「塔博士」と称された内藤多仲氏が東京タワーに先駆け、1954年に日本初のタワー建築として竣工させたものです。エッフェル塔のごとく優美なAラインをもって、都市計画された大通りの中央に建設。将来の地下鉄建設等を想定して鉄骨鉄筋コンクリート造のクロスアーチで足元を大きく抜き、低層エレベーターを配置するといったように、多くの難問に立ち向かい、日本一のタワーを創る設計思想に、単なるビル建設には留まらない、当時の関係者たちの「日本を創る」志を感じます。

現在、南海トラフ地震に備えるために耐震性の確保が急務だったわけですが、外観を維持しながらコスト縮減も叶える免震案を計画し低層EV棟の増築による有効面積アップと共に、文化的価値を受け継ぎ、引き継いでいく支援も行っています。
また、やはり進行中の京都市新庁舎整備事業も、1931年竣工の武田五一氏監修による壮麗な旧庁舎の外観を活かしつつ、西翼の新築部分も軒位置をそろえるなど視覚的にも一体化を図ることで、歴史ある京都の景観を乱すことなく、経済的にも文化的にも発展させていけるプロジェクトとなっています。

京都市新庁舎(現在建設中)

大切なのは、伝統と現代的な価値のマッチング。保存するだけでなく新たな付加価値を生み出すことを目指す。

耐震改修等による安全性確保や設備の更新は近現代建造築物工事に強く求められる要件ですが、それだけではなく、場合によっては商業などの経済的付加価値を適切に加えていくことも大切です。伝統と経済性・耐久性、そして現代的な使用感のバランスが重要と考えます。だからこそ、日本の歴史の中で育まれてきた、かけがえのないものが後世に受け継がれます。

日建設計は以前より歴史的建造物の価値を未来につなぐための保存改修設計等を担当してきました。
例えば、外観変更はせずに必要最低限の耐震補強をおこなった広島平和記念碑(原爆ドーム)や、神戸港のシンボルとして市民に親しまれてきた神戸税関旧本館の保存改修、“会社創建時の価値観の継承・保存”のため行われた松下幸之助氏の私邸・光雲荘の移築・修復・改修、コストの透明性が評価された真宗本廟東本願寺御影堂・阿弥陀堂・御影堂門の御修復など、さまざまな案件を、それぞれクライアントのニーズにあわせた形で手がけており、こうした経験が日建設計のヘリテージビジネスを支えています。

神戸税関本関(1999年竣工)

光雲荘(2009年移築、修復・改修、2018年長中期修繕計画)

真宗本廟東本願寺御影堂の屋根御修復工事風景

——今後の事業展開について、教えてください。
近現代建造物の再生・活用には、日建設計のような伝統木造以外にも幅広い経験を持つ組織事務所に期待が寄せられています。社内にもこの活動を広報し、専門チームの拡充を図ってまいります。

また、海外展開においても、地震国日本として世界をリードする免震・制震設計技術がアドバンテージとなります。台湾・中国・韓国に加え、ヨーロッパでもポルトガルやフランス南部、イタリアは地震国ですから、今後ますます大きな需要が見込めることでしょう。

伝統や歴史あるもの、その根底にある思想・理想を大切に受け継いでいく日本人の価値観を、この活動を通して、世界にも発信していきたいと思います。

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木造から近現代建造物まで幅広い文化財に対応できる実績をもち、文化庁や文化財専門家との日常的な連携にくわえ、文化財関連の有資格者が社内に在籍しているという、組織力のある日建設計だからこそ可能といえるヘリテージビジネス。文化財的建造物を未来へつなげていく日建設計の新たな挑戦は、国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)のゴール11「住み続けられるまちづくりを」の思想にも通じるものである。近現代建造物の文化財的な価値を残したまま保存・活用する取り組みを行うことは、クライアントのニーズを満たすだけでなく、文化遺産の保全、持続可能な都市化の促進といった社会課題の解決にもつながっていくのである。


<写真について>
1枚目・5枚目(左):神戸税関本関 東出清彦
2枚目:国立国会図書館国際子ども図書館 新建築
3枚目:名古屋テレビ塔 滝田フォトアトリエ 滝田良彦
4枚目:京都市新庁舎
6枚目(右):光雲荘 スタジオムライ 村井修
7枚目:真宗本廟東本願寺御影堂 日建設計

  • 西澤 崇雄

    西澤 崇雄

    エンジニアリング部門サスティナブルデザイングループ 
    ヘリテージビジネスラボ ダイレクター ファシリティコンサルタント

    1992年、名古屋大学修士課程を経て、日建設計入社。専門は構造設計、耐震工学。
    担当した構造設計建物に、愛知県庁本庁舎の免震レトロフィット、愛知県警本部の免震レトロフィットなどがあり、現在工事中の京都市本庁舎整備では、新築と免震レトロフィットが一体的に整備される複雑な建物の設計を担当している。歴史的価値の高い建物の免震レトロフィットに多く携わった経験を活かし、構造設計の実務を担当しながら、2016年よりヘリテージビジネスのチームを率いて活動を行っている。
    2011年には博士(工学)の学位を取得、実務の一方で建築学会の委員会幹事やWG主査などを務め、耐震工学の発展に取り組んでいる。

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