ホテルとの一体開発で次代へつなぐ「寺院再生プロジェクト」
~三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺~

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2020年9月、京都・寺町通に開業した「三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺」。500年以上の歴史を誇る浄土宗の寺院、鐙籠堂(とうろうどう)浄教寺の伽藍建て替えにあたり、寺院とホテルの一体開発を実現しました。小規模寺院を次代に継承する画期的なモデルケースとしてメディア等でも取り上げられています。このホテルのインテリアデザインを担当したのが、日建スペースデザイン(取材当時、現日建設計設計監理部門スペースデザイングループ、2024年4月1日に日建設計と合併)です。寺院再生という理念のもと、私たちがどのようなデザインアプローチで、他に類を見ない空間をつくり上げたのかをご紹介します。

寺院が抱える社会的課題を解決する

日本全国に点在する寺院数は7万5千以上。コンビニエンスストアより多く、日本人にとっては身近な存在です。しかしその多くが伽藍の老朽化、後継者不在、檀家離れといった課題を抱え、存続の危機に瀕しているともいわれています。(注)
出典:文化庁「宗教関連統計に関する資料集」、月刊コンビニ(注)

鐙籠堂浄教寺もまた、築190年を経過した伽藍の再建が急務でした。現在の第44世住職は、多額の費用がかかる再建をどのように成し遂げるべきかを思案し、前住職や寺院再建の経験者に相談。議論を重ねた末、他事業者との共同事業による再建を着想したそうです。
鐙籠堂浄教寺があるのは、日本有数の観光地・京都のなかでも、とりわけ寺院が多い寺町通。先斗町、祇園、四条河原町などの繁華街に近く、観光の拠点として大変便利な立地です。そこで、ホテルとの一体化というアイデアが浮上します。

アプローチ。手前がホテル、奥が寺院
撮影:熊谷組

実は現住職は元銀行マン。仏教界の慣習にとらわれない柔軟な発想と、ビジネス界の人脈を持ち合わせていました。人脈をたどり、三井ガーデンホテルブランドを擁する三井不動産とのコラボレーションが決定。三井不動産からの指名プロポーザルで、インテリアデザインに日建スペースデザインが起用され、かつてないプロジェクトがスタートしたのです。

「明るみ」と「暗やみ」の対比を表現

建て替え前の浄教寺「燈籠」

日建スペースデザインのデザインチームは、まず建て替え前の鐙籠堂浄教寺を訪れました。本堂に足を踏み入れると、名称の通り、内陣周りにずらりと掲げられた48基の燈籠が、昼でも暗い堂内に淡い光を放ち、実に幻想的な雰囲気を醸し出していました。燈籠の光と堂内の陰影が織りなす美しさ、そして寺院特有の荘厳な空気に圧倒されたデザインチームは、この体験をぜひホテルのインテリアで表現したいと、デザインコンセプトを固めていきました。

旧鐙籠堂浄教寺で強く印象に残った「明るみ」と「暗やみ」の対比を表現するにはどうしたらいいか。日建スペースデザインが行ったのは、ホテルの内装・家具・アートすべてを白と黒で統一することでした。華美な装飾を排し、空間全体にあえて「余白」をつくることにもこだわりました。こうした幽玄なデザインにより、静寂に満ちた寺院の趣を演出することに成功。

寺の装飾や収蔵品をホテルに生かす

浄教寺の本堂を拝観できるロビー
撮影:ナカサアンドパートナーズ

建て替え前の浄教寺「木鼻」

建て替え前の浄教寺「釘隠し」

日建スペースデザインは解体前の寺院で使われていた装飾や建材、収蔵品をできる限りホテルで再利用することを提案しました。寺院とともに長い歴史を刻んできた品々には、空間に深みと奥行きをもたらす力があります。代表例は、ロビーの壁にモニュメントとしてあしらった木鼻です。これは本堂の柱を貫通する虹梁(こうりょう=虹のように弓なりに曲がっている梁)の両端部に施されていた木製彫刻で、制作時期は1829(文政13)年。当時の文化的資料としても非常に貴重なものです。通常は柱の上部に付いているので、これほど間近で見ることはなかなかできません。

レセプション カウンターバック

レセプションのカウンターバックを彩るのは、虹梁の中央部に施されていた木製装飾と新たに制作した陶器のレリーフを組み合わせた壁面アート。レセプションと2階のエレベーターホールに設置したのは、本堂の南北両端に使用されていた対の獅子付き留蓋瓦(とめぶたがわら)です。ほかにも戦国時代の京都を記した収蔵品の古地図、欄干の柱に取り付けられていた擬宝珠(ぎぼし)、仏具を収めていた長持、外回廊の床に使われていた古木などを、ひと手間加えて再利用。古い品々に新しい価値を与えました。

レストラン『僧伽小野京都浄教寺』
撮影:ナカサアンドパートナーズ

浄教寺で使われていた「釘隠し」を再利用
撮影:ナカサアンドパートナーズ

アートや設備も寺の風情をまとう

ロビーのビッグアート
撮影:ナカサアンドパートナーズ

ロビーの高さ7m、2層吹抜けの白壁に描かれた毛筆のビッグアートは、アーティスト宮村弦氏の作品。「変化しないものは存在しない。すべてのものは変化し移り変わっていく」という仏教思想「空(くう)」が作品名になっています。デジタルコラージュした書線と開放的な余白は、まさにホテルのデザインコンセプト「余白の美」を体現しているといえます。

大浴場
撮影:ナカサアンドパートナーズ

大浴場の中央には手水鉢のオブジェを、その背景には水墨画を連想させる光壁アートを配しました。その他の内装をブラックアウトさせることで、手水鉢とアートだけが幻想的に際立ち、空間に無限の奥行きを現出させています。さらに清らかな調べのオリジナルBGMを流し、心落ち着く瞑想空間を演出しました。

客室(竣工当時)
撮影:ナカサアンドパートナーズ

客室に入ると真っ先に目に飛び込んでくるのは、手水鉢をイメージさせる洗面台です。あえてトイレ・シャワースペースではなく、部屋の入口付近に設置しました。境内に入ると、まず手水鉢で手を清めるように、寺の所作を体感してほしいとの想いからです。部屋には燈籠をモチーフにした照明をしつらえ、客室廊下のルームナンバーサインも燈籠風のデザインに。こうした細部にも、鐙籠堂浄教寺へのオマージュを込めました。

「寺を身近に感じてほしい」という住職の願いを形に

ホテル1階の一部分が、生まれ変わった鐙籠堂浄教寺となっています。寺院との一体感を創出するため、ロビーに本堂を覗ける小窓を設けました。まるでアートを鑑賞するように、通常非公開の本堂を拝観できるのは、このホテルならではの愉しみです。宿泊客限定の「朝のお勤め体験」も好評を博しています。ロビーにはお香が焚かれ、時折おりん(読経の際に鳴らす梵音具)の音が混じるオリジナルBGMが流れています。視覚のみならず嗅覚、聴覚でも寺を感じさせる計らいです。「寺を身近に感じてほしい」という住職の願いを形にしたのが、まさに本ホテルだといえるでしょう。

寺の趣を随所に感じるデザインは、国内外で高く評価され、以下の3賞をはじめ、さまざまなアワードを受賞しています。

●iF DESIGN AWARD 2022 iF DESIGN賞
●インテリアプランニングアワード 2022 最優秀賞
●DFA (Design For Asia) Awards 2022 BRONZE AWARD

さまざまな課題を抱えて、閉じざるをえない小規模寺院が増えているなかで、再生のモデルケースになると期待されている「次世代に向けた寺のホテル」。日建設計設計監理部門スペースデザイングループはこれからも、デザインの力で社会課題の解決に寄与すべく活動してまいります。

  • 九十九 優子

    九十九 優子

    設計監理部門スペースデザイングループ
    部長

    早稲田大学大学院を修了後、大手組織事務所でインテリアデザイナーとして従事したのち、2003年に日建スペースデザインに入社。2024年4月、合併に伴い日建設計に転籍。ホテルおよび高級レジデンス等ホスピタリティーが求められるエリアのデザインを多く手掛ける。その場に求められる空気感や体験をどのように創り上げていくかを大切に、「個性」と「調和」の共存するデザインを心がけている。特にホテル空間で求められるFF&Eとあわせたデザインソリューションを軸に空間設計を展開する。

  • 橋口 幸平

    橋口 幸平

    設計監理部門スペースデザイングループ 
    部長

    京都市立芸術大学、東京芸術大学大学院を卒業し、2005年日建スペースデザインに入社。 2024年4月、合併に伴い日建設計に転籍。空港ラウンジ、ホテル、オフィス、フィットネスなど幅広いプロジェクトを担当している。家具のデザインでは、メーカーのオリジナル商品の開発も手掛けている。企画初期段階よりメンバーとして参画することが多く、プロジェクト特有の立地や用途における空間のポテンシャルを最大限に引き出すことでクライアントの高い評価を受けている。デザインアイデンティティのひとつとして、常にクライアントやエンドユーザーの視点を意識した「おもいやり」の要素に、意外性と新しい考え方を融合させたデザインを心掛けている。

  • 周 セイ聞

    周 セイ聞

    設計監理部門スペースデザイングループ 

    中国上海の華東理工大学を卒業後、2014 年来日。千葉大学大学院を卒業し、2018 年日建スペースデザインに入社。2024年4月、合併に伴い日建設計に転籍。ホテルや商業施設とワークプレイスの両方を担当し、幅広く活躍している。 異国籍のアイデンティティを強みとして活かしながら、空間に新しい価値を生み出すことに挑戦し続けている。

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