中国の雄大な景色と東洋庭園の技術が生む
“新・山水庭園”
「北京悉曇ホテル ランドスケープデザイン」

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2022年5月、中国・北京市街地から車で1時間ほどの山中に開業した「北京悉曇(シタン)ホテル」。古くからの村落をコンバージョンして生まれたこのリゾートホテルでは、日建設計と野村庭園研究所がコンセプト策定から施工管理、竣工まで一貫してランドスケープデザインを担いました。完成したのは、中国の山岳風景を借景とし、東洋庭園の美意識を織り込んだ“新・山水庭園”。およそ5年間に及んだ、クライアントとの“現場主義”による唯一無二のデザインプロセスとは。

ここにしかない光景が生む、ラグジュアリーな体験

北京悉昙ホテルがあるのは、北京市西南部にある「虎山」の山中。約38ヘクタールの敷地に、明王朝の終わりに建てられた歴史的村落の外観を残す建築群と、日本と中国の文化が重なったさまざまな庭園が広がります。

その景観は、中国の雄大な自然環境と村落が培った営み、そして東洋の美意識が反映された庭園が織りなす、理想郷とでもいうべきもの。厳格な審査をクリアしたホテルやレストランだけが加盟できる世界的な組織「ルレ・エ・シャトー」に認められたラグジュアリーなリゾートです。

アプローチ ©日建設計

このプロジェクトがスタートしたのは2018年のこと。出発点は「中国北京市の山岳風景に“東洋の美意識”を加えた、最上級のリゾートホテルをつくりたい」というクライアントの想いでした。目指したのは、単に中国の地に東洋庭園を創出することだけではありません。このロケーションだからこそ味わえるラグジュアリーな体験であり、この場所以外にはないランドスケープです。

山を登って門をくぐり、長いアプローチを通って谷に下りていくと、雄大な遠景と精神性の感じられる近景が織りなすシークエンスが次々と立ち現れ、来訪者を桃源郷へと誘っていく。そんな、土地のコンテクストを最大限に生かした新しい景観を生み出すため、およそ5年間にわたるプロジェクトがスタートしました。

雄大な借景と東洋庭園の技術で山水画の世界を描き出す

もともと、日本の庭園は中国の文化から生まれたものです。そのどちらにも共通するものとして、周辺の風景を組み込んで空間を演出する「借景」という考え方があります。そこでまず行ったのは、実際に敷地を巡って景観のポイントとなる場所に立ち、理想的な情景を思い浮かべてスケッチを書き留めていくことでした。

そのようにして打ち出したのが、「文人山居」というコンセプトと、「多彩」「山色」「秀麗」「古朴」「温潤」「静謐」という6つのキーワードです。イメージしたのは、北宋時代の山水画の世界。

文人山居スケッチ ©日建設計

山水画とは人物や楼閣、鳥獣などを含めて自然景観を描く東洋風景画の一種で、風景に精神性を見出す中国的な自然観が反映されています。いわば静寂に包まれた山頂にひっそりと佇む“理想郷”、その創出がプロジェクトの大きな目標として掲げられました。

この「文人山居」というコンセプトの象徴ともいえるのが、門から谷へと下っていく長いアプローチの先にある、高低差が合計約30メートルにも及ぶ「雄滝」です。東洋庭園の技術を用いて緻密かつ大胆に石を組み合わせて創り出したこの滝では、東屋や植栽と一体となって、奥に見える山に蓄えられた水が地上部に湧き出したかのような、遠景と近景が一体となった景色が立ち現れます。

東谷雄滝 ©日建設計

このように、「借景」としての遠景を一つひとつの箇所において検討し、古くからの村落がもつ歴史性も加味しながら、場所ごとに理想的なシークエンスを東洋庭園の技法を用いて設計することで、ランドスケープの全体像を組み立てていきました。

施工まで一貫することで最大限に引き出す、土地のコンテクスト

こうして幾度となく中国と日本を往復し、クライアントと議論を尽くして全体計画が決まり、実際の施工が始まったのは2020年1月のこと。目指すべき“理想郷”を実現するために、クライアントと設計チームは徹底した“現場主義”を掲げました。

その手法とは、設計者がクライアントとともに現場に身を置き、体感をもとにディテールを決め込んでいくというもの。材料調査を重ね、石材や植物などの造園資材を選定し、現地の職人の作業を指導。設計チームは現地に長期滞在し、すべての工程をコントロールしました。このような手法を採用した理由のひとつは、かつての集落の営みが蓄積された環境を生かすためであり、中国と日本に共通する庭園の重要な要素のひとつである「景石」をポイントとしたためでした。
  • 景石工事監修 ©日建設計

  • 景石工事監修 ©日建設計

現地には、北は内モンゴル、南は寧波市までの中国全土、および日本から多種多様な石が集められました。石の重さは最大で16トン。現地の職人とともにその一つひとつの表情を立体的に把握し、どの位置に、どんな角度で、どのように積み重ねればいいのかを吟味して、それぞれの場所に緻密に構成していったのです。

こうして完成したのが、「新・山水庭園」と名付けられた、“土地のコンテクストを最大限に生かす”デザイン。中国ならではのダイナミックさと日本の庭園技術の繊細さを兼ね備えた、これまでにないランドスケープです。

様式論ではない、ランドスケープデザインの新しいアプローチ

2022年5月のオープンから1年以上経った2023年8月、北京とその周辺が数日間にわたり、観測史上最大の降雨量を記録する豪雨に見舞われました。被災者数300万人以上ともいわれる甚大な被害がでました。

北京悉曇ホテルも被害を受け、復旧のため設計チームは再び中国に向かいました。そこで行ったのは、復旧活動にとどまらないデザインの再構築。たとえば「雄滝」は激しい豪雨によって景石が流される被害を受けましたが、防災の視点も加味して地形を修復するだけでなく、新たに段を設け流れの幅を広げ、角度によって滝の本数が変わる仕掛けも施しました。

雄滝近景 ©日建設計

未曽有の自然災害による被害から、より災害に強く、より壮大で美しい景色へと再生させました。これもまた、徹底した現場主義が生み出した成果といえるでしょう。日建設計では、広大なパブリックスペースから個人庭園まで、さまざまなランドスケーププロジェクトを世界中で展開していますが、なかでも今回のプロジェクトは新たなデザインプロセスとなりうるはずです。

屋上ガーデン ©日建設計

アジア圏に共通の自然観をベースとして、クライアントと設計チームが共鳴し、想いを共有してプロジェクトを進めたこと。“現場主義”によって、コンセプト策定から設計、施工までスピード感をもって一貫して推し進め、思い描いた理想像を確実に実現できたこと。

このプロジェクトで生まれた「新・山水庭園」は、決して様式論ではありません。クライアントやロケーションとの一期一会の機会を、あらゆる技術と手法を駆使して最大化したからこそ生まれたものです。アジア圏の自然観に共通項を見出し、その場所に即した固有のデザインに統合、昇華させるアプローチは、日建設計だからこそ発信できる、新しいランドスケープデザインのモデルです。

  • 西 大輔

    西 大輔

    都市・社会基盤部門都市デザイングループ
    副代表

    2002年、北海道大学工学研究科都市環境工学修了後、日建設計入社。
    東京ミッドタウン(2007)などの都市開発プロジェクトを経験後、ランドスケープ設計部にて国内外のランドスケープデザインに従事。持続可能な社会の実現を目指し、ランドスケープの領域を超えて、都市、建築、環境が融合したパブリックスペースの創出に取り組んでいる。
    主な設計は、ソニーシティ大崎(現NBF大崎)(2011年)、テラススクエア(2015)、コープ共済プラザ(2016年)、久屋大通パーク(2020年)など。
    一級建築士、登録ランドスケープアーキテクト(RLA)

  • 岡部 真久

    岡部 真久

    都市・社会基盤部門都市デザイングループ ランドスケープ設計部
    アソシエイト

    2004年東京農業大学造園科学科修了後、グローバル・ボーダレス時代に日本の美意識が世界に求められると思案し、作庭家野村勘治に師事後日建設計入社。
    ストーリー・空間密度や明暗を組み合わせ「日本らしさ」を付加したパブリックスペース・ホテル・商業を得意とする。
    コロナ以降「人と地球の交点」をデザインする設計手法や微生物のデザインに注力している。
    主な設計は東京スクエアガーデン(2013)、京橋エドグラン(2016年)、サクラマチクマモト(2019年)、ふふ京都(2021年)など。
    一級造園施工管理技士、登録ランドスケープアーキテクト(RLA)

  • 陳 思多

    陳 思多

    都市・社会基盤部門基盤開発グループ 開発計画設計部

    2014年に清華大学(中国)を卒業し、2017年に東京工業大学大学院を修了後、日建設計に入社。
    屋外スペースの計画、設計業務を中心に、建築×ランドスケープ×土木の経験を活かし、屋内外一体で魅力的な空間創出に手掛けている。
    海外プロジェクトにおいて、日本の設計思想や技術力が海外クライアントの問題解決により貢献するようにプロジェクトマネジメントを提案。
    数多くのアーバンデザインコンペの他、主な設計実績は中国深セン市福田CBD街路改造(2019)、北京悉曇ホテル(2022年)など。
    登録ランドスケープアーキテクト(RLA)、宅地建物取引士

  • 河野 孝章

    河野 孝章

    都市・社会基盤部門都市デザイングループ ランドスケープ設計部

    1981年大阪府立大学農業工学科緑地計画修了後、造園設計事務所に入所、その後2006年日建設計入社。
    入社後すぐに東京ミッドタウンの現場監理に従事。
    主な設計は、奈良県庁舎主棟屋上緑化計画(2008年)、光雲荘移築計画(2009年)、リッツカールトン京都(2014年)、日本生命新東館(2016年)、高知市庁舎建替計画(2020年)、One Za‘abeel(2023年)など。
    一級造園施工管理技士

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