新型コロナウィルスによりもたらされる新しい社会に向けて
~価値観の転換と環境デザインの未来~

日建設計 エンジニアリング部門 設備設計グループ プリンシパル
水出喜太郎
(役職は公開時のものです)

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 私たちはいま、新型コロナウィルスによって当たり前だった生活様式が根底から変化させられるのを目の当たりにしています。COVID-19感染拡大以前から、私たちはすでに気候変動や少子高齢化、それにともなう脱炭素や働き方の変化、そしてAIやIoTにより高度に合理化されたデジタル社会への変化の流れの中に身を置きつつありました。これらがいま一気に展開しようとしています。
 このような時代にあって、私たちが考える建築・都市と、環境エンジニアリングの新しい関係についてお話ししたいと思います。

日建設計 エンジニアリング部門 設備設計グループ プリンシパル
水出喜太郎
(役職は公開時のものです)

価値観が転換する好機

 既にその重要性に気付きながらも実践に移すことができていなかった様々な課題への意識と関心が、COVID-19を機に高まっていくことが予想されます。
 古くはローマクラブの報告書『成長の限界』(1972年)以来、化石エネルギー資源依存からの脱却が言われてきましたが、地球温暖化による異常気象が世界で顕在化し、漸く、自然エネルギーへの転換へと舵が切られ始めました。また3.11などの大きな災害を経て私たちは、過度な集中はインフラの脆弱性につながり、適度な分散が必要であることを学びました。その結果として、都市の分散電源や地方での地域電力に普及の兆しが出てきた状況です。
 そして今回のパンデミックから私たちは、いくつかの気づきを得たように感じています。外出制限や在宅勤務は、ウェルネス、オフィスの在り方を考える契機となり、三密の回避では、コンタクトレスや換気の重要性について考えさせられました。自宅がオフィスとなるなど用途の境界が曖昧になり、フレキシビリティの意味が拡がったようにも思います。そして今後は複合災害に“感染症”が加わることに対する都市、建築環境の備えも必要となってくるでしょう。このように価値観が転換する時代に、私たちは環境エンジニアとしての視点から応えていきたいと考えます。

開かれた建築環境と自然との共生

 この春、都心のオフィス勤務から在宅勤務に変わったことで、身近に自然を感じ、季節や1日の移ろいを意識することに新鮮な驚きや喜びを感じた方も多かったのではないでしょうか。人間が元来持つ、自然と接しその癒しを求める心を“バイオフィリア”と呼びます。近年、健康で快適な生活環境としてウェルビーイングへの関心が高まっていますが、自然や生態系を建築環境に取り込む“バイオフィリックデザイン”は、開放性を重視し、感染対策への配慮とも親和性が高い手法といえます。(図1)

図1|バイオフィリックデザインの実践例:ヤンマー本社ビル 写真:(上)ヤンマー株式会社提供、(下)東出写真事務所   

 これからのオフィスにおいては、人々が集う意義や、より豊かな空間での交流が求められるでしょう。すなわち自然を取り込み、陽ざしやそよ風を感じるオープンな空間を内包し、緑や水を身近に感じることができる建築環境が求められると考えています。これは自然エネルギーを最大限に活用し、化石燃料によるエネルギーを最小限にして、快適で健康な居住環境を創ることにほかなりません。(図2)

自然の力を最大限に活用する環境建築の例 (スケッチ:水出喜太郎) 図2|自然の力を最大限に活用する環境建築の例  スケッチ:水出喜太郎

三密回避から発想するエンジニアリング

 感染防止の重要事項である、非接触、換気対策についても、私たちの建築・環境デザインが果たすべき役割は大きいといえます。
 スマートビルディングの考え方には非接触へのソリューションが含まれています。すでに開発されている技術を活用し、クラウドを利用したリモート環境で、人と人、人とモノの動きをコントロールすることで、接触を最低限に抑えることができます。また、全面的にロボット技術を導入し、これらが最適に機能できる建築・環境デザインが実践されれば、さらにコンタクトレスを促進することができます。スマートビルディングはもともとビル運用の汎用化、効率化を求めたものですが、今回そこに非接触という視点を加え、今後一層の技術開発・デザインが進むことになるでしょう。
 換気対策としては、ワン・ウェイ換気という考え方に着目しています。従来は空調や換気を天井から吹き出し、天井から吸い込むものが主でしたが、発想を変えて空調した新鮮外気を天井から吹き出し、全て床から吸い込んで排気することで空気の流れをワン・ウェイとします。この方式は空調による空気の再循環と攪拌を避け、足元の冷気や塵埃を吸い込むことで、清浄な空気環境による感染リスクの軽減が期待できるというものです。また、室内の冷暖房の要求に対しては、省エネルギーで快適性の高い天井放射冷暖房と組み合わせることで、健康・快適・省エネの新時代の空調となる可能性を秘めています。この空調方式は既に実現されており、疎な空間や感染への配慮と親和性が高く、これからの社会の要請にも適う方式と考えています。(図3)

図3|ワン・ウェイ換気と放射空調によるワークプレイス:YKK80ビル 写真:鈴木研一

用途の境界のないフレキシブルな環境へ

 COVID-19を機に私たちは、“感染症”への備えを求められる社会に移行していくことになるでしょう。パンデミック時、医療施設では急激な感染症患者の増加に対し、本来の機能に加えて仮設での対応を強いられたケースが多く見られました。
 私たちは汎用的な木材で仮設架構する“つな木”と名づけた仕組みを使い、簡易なHEPAフィルタユニットを併用することで緊急的な仮設診療スペースや病室となるユニットを提案しています。通常は内装材やファニチャーに使われている木材をフレキシブルに転用し、換気設備で最低限の気流と空気質を制御した“つな木”のユニットを設置することで、簡単に講堂やロビーが緊急医療スペースに早変わりします。
 リモートワークで私たちの自宅は、執務室になり、会議室にもなりました。ニーズに迫られる形で、用途と境界は融解し、単一機能から多機能へと、自由な選択により空間利用がなされました。リターンオフィス後を描く様々な提言がなされていますが、オフィスは「密から疎」になり、「閉から開」へと変わると考えられます。
 疎になることで空調負荷密度は減り、中間期は自然換気だけでこと足りる建物が増えるでしょう。そして盛夏や真冬は空気を循環させず、快適性が高い放射空調への需要が高まる可能性があります。季節によって外部との開放性を高め、半屋外の執務スペースを選択できるようにすることも大切な要素となりそうです。
 人が集まる意義をしっかり汲み取った建築環境の構築がこのCOVID-19を経て私たちが手にする果実であって欲しいと願います。

複合災害へのBCPとレジリエンス

 COVID-19により、建築環境には、地震、台風、集中豪雨やそれに伴う停電などに、感染症を加えた複合災害への備えが必要であることに気づかされました。ここでも「分散と集中」がキーワードとなると考えています。都心一極集中から周辺都市への機能分散が図られる場合、これら周辺都市単位でのエネルギー・資源のレジリエンスが重要となります。

自立する建築・都市への取り組みに向けて

 来たるニューノーマルの社会を、私たち環境エンジニアはいかにして支えるか、自然との共生、安心を生むスマート技術、フレキシビリティ、レジリエンスをキーワードに展望を試みました。今後は、それぞれをより深堀りしてご紹介していきたいと考えます。ご紹介するのは皆、従前よりその萌芽があり、あるものは既に実現している技術です。このCOVID-19は、価値観の転換を伴ってこれらの技術に新たな意味を加えたといえます。
 パンデミックによる化石エネルギー需要の低迷は、サプライチェーンの不安定要素と相俟って、世界で自然エネルギーによるエネルギーの自立化の動きを加速させる可能性があります。その動きを建築・都市・環境エンジニアリングが後押しすることが重要と考えています。ニューノーマルの社会が環境共生の方向に歩みを強める契機になって欲しいと思います。(2020年6月19日)
※「Beyond Covid-19 社会・都市・建築」は連載です。今後は、建築家、プランナー、エンジニア、コンサルタント等が各専門の立場でビジョンを定期的に発信していきます。

  • 水出 喜太郎

    水出 喜太郎

    常務執行役員
    エンジニアリング部門統括

    1994年、東京都立大学大学院建築学専攻を経て、日建設計に入社。YKK80ビル、YANMAR FLYING Y BUILDING、日本生命東館、阿南市庁舎、ニッセイ新大阪ビル、福山市まなびの館ローズコム、堺ガスビルや、ゼロエナジー・クールツリーなど、建築と共にあるエンジニアリングを目指し、建築環境デザインを手掛ける。アジア初となるASHRAE Technology Award First Place(YKK80ビル)の他、JIA環境建築賞、サステナブル建築賞大臣賞、空気調和・衛生工学会技術賞などを受賞。大阪大学、東京都立大学非常勤講師。博士(工学)、技術士(衛生工学)、設備設計一級建築士、空気調和・衛生工学会技術フェロー。

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