新型コロナウィルスによりもたらされる新しい社会に向けて
~自然と都市の共生が求められるグリーン・ウェルネスシティへ~

日建設計 都市部門 都市デザイングループ プリンシパル
田中 亙
(役職は公開時のものです)

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 2020年春、Stay at Home, Work from Homeの日々は、突如として私たちのもとに訪れました。そこで都市住民である私たちは、新たな生活スタイルへの挑戦を始めたわけですが、一方でこれほど屋外の緑豊かな環境への「脱出」を渇望したことが過去にあったでしょうか。太陽の下を歩き、自転車に乗って外の風にあたり、五感に届く緑の恩恵に心から感謝する。人間は自然から生まれ、自然との共生を心から望んでいるということを感じずにはいられないこの数カ月でした。
 都市と自然が共生し、自然が都市の根幹をなす、そのことが「心身の健康と社会の幸福=ウェルネス」を希求する都市生活者にとって不可欠であるのはもちろんのこと、都市が持つ文化や知恵の創造を育み、ひいては都市の活力の源となる、そういった「グリーン・ウェルネスシティ」のありようについて、少し考えてみたいと思います。

日建設計 都市部門 都市デザイングループ プリンシパル
田中 亙
(役職は公開時のものです)

パブリックスペースと都市のウェルネス

 公園や緑地に代表される緑の公共空間が、一定の階層構造をもって都市に整備されるべきということは、都市の環境問題がクローズアップされた19世紀において、ハワードが英国で田園都市を、オルムステッドが米国でパークシステムを提案し、実践したのが最初です。
 日本でも、近代化以降様々なかたちで都市の公共空間としての緑がつくり出され、また保全されてきました。高度経済成長の時代になると、公害対策や環境保全の観点から、民間敷地の緑についても設置の義務や誘導が始まりました。そして現在は、ヒートアイランド防止さらには都市景観の質の向上策として、都市における緑の質と量の充実がより一層求められています。
 そういった中、ICTの発達に伴う都市住民のライフスタイルや行動形式の変化が、今回のCOVID-19の事象を契機にさらに加速すると考えられているわけですが、特にウェルネスに対する関心の高まりは、屋外、半屋外のパブリックスペースの活用の幅をさらに大きく広げる方向に向かうと考えられます。
 都市において緑や水、または光といった自然要素が人々の心身にもたらす健康効果は、すでにこれまで様々な学術的・経験値的検証がなされてきています。また緑豊かな環境が、人間の生産性や創造性の向上を高める効果があることについても論を待ちません。
 今後はこういった緑あふれるパブリックスペースを中心に据えた「グリーン・ウェルネスシティ」づくりの視点が、あらゆる場所のまちづくりにとって重要となるでしょう。

緊急事態宣言中の外部公共空間の様子(筆者撮影)

グリーンインフラの重要性

 この「グリーン・ウェルネスシティ」を形づくるためには、特に「インフラとしての緑」に着目し、都市の中心として際立たせていくことが非常に重要となります。
 公園や緑地のネットワークはもちろんのこと、道路や河川、調整池、線路敷跡地といった土木的空間に、積極的に自然の要素と都市の要素を導入し、都市のアクティビティインフラ、健康増進インフラとして捉え直すことが求められます。こういった「グリーンインフラ」の沿道に、住宅のみならず小規模なワークスペースや商店、地域の文化や交流を支える施設、広場などが展開されることで、ウェルネスシティの骨格がつくられると考えられます。

ウェルネスシティの骨格をつくるグリーンインフラのイメージ

 日建設計がマスタープランを策定したレールコリドー・プロジェクト(シンガポールの24キロのマレー鉄道跡地を、沿線の市民が利用できる連続的なコミュニティスペースに転換する計画)は、グリーンインフラを都市の中心に据えようという計画の典型的事例で、現在第1期の完成をめざして準備が進められています。 

マイクロ・ビジネスディストリクトの形成

 都市の面的・機能的構成にも、同様の変化が予測されます。例えば都心のビジネス地区(Central Business District)はより多機能複合化していく中、その価値を決定する要素は、地区全体の環境が持つアメニティ、つまり歩きやすさや緑の質といったパブリックスペースのデザイン価値や、その地区が持つ文化や産業の育成環境などとなっていくでしょう。
 更に郊外や地方都市においては、今後は生活に身近で、かつ高いアメニティを備えた場所にビジネスの場の集積が進むと考えられます。具体的には、より小さなスケールで様々な都市機能と自然の要素が混じり合った複合都市型産業小区「マイクロ・ビジネスディストリクト(Micro Business District)」のようなものが、郊外や地方都市の中心ないし複数箇所に生まれてくるでしょう。そしてその小区の中心には、緑に彩られたヒューマンスケールの広場やストリートがにぎわいや交流の中心として必ず形成されるでしょう。

マイクロ・ビジネスディストリクトのイメージ

 日建設計がマスタープランづくりに携わった柏の葉の「イノベーションキャンパス」エリアは、中心に水と緑の憩いの空間を据えた職住混在の複合開発地区であり、ここでいう「マイクロ・ビジネスディストリクト」の一種ということもできます。こういったGreen Centric(グリーンセントリック=緑を中心に据えた、の意)でモザイク的な街づくりこそ、これからの都市が真に希求すべき姿ではないでしょうか。

 自然と都市の共生により、社会の幸福の増進をめざす「グリーン・ウェルネスシティ」。その永続的価値を、今後も具体の提案を通して社会に訴えていきたいと考えます。

柏の葉イノベーションキャンパス地区

※「Beyond Covid-19 社会・都市・建築」は連載です。今後は、建築家、プランナー、エンジニア、コンサルタント等が各専門の立場でビジョンを定期的に発信していきます。

  • 田中 亙

    田中 亙

    常務執行役員
    海外事業部門統括
    海外企画開発グループ代表
    海外拠点マネジメントグループ代表

    1988年、東京大学修士課程を経て、日建設計に入社、専門は都市計画・都市デザイン。ハーバード大学よりランドスケープの修士号も取得している。「東京ミッドタウン」(2007)をはじめとして、建築、都市計画、都市デザイン、ランドスケープ設計の知識・経験を総合的に生かすことで、大規模プロジェクトの実現に貢献してきた。2010年以降は活躍の舞台を海外に移し、都市デザインや公共交通指向型都市開発(TOD)、パブリックスペースデザインの分野に力を入れている。日本建築家協会会員、日本都市計画学会会員。

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