新型コロナウイルスによりもたらされる新しい社会に向けて
~もっと安全でイノベーティブなワークプレイスへ~

日建設計 取締役常務執行役員 設計部門統括
児玉 謙

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 いま日本では期せずしてリモートワークが進み、もうオフィスは不要になるのではと言われています。一方世界では、その保有スペースの拡大を表明する組織も現れています。
 共通の課題に立ち向かって新たな文化を獲得する時、人は互いの距離を近づけ、チーム・組織・都市をかたちづくってきました。あらためてその起点となるようなワークプレイスが求められることになりそうです。

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児玉 謙

オフィスは住まいだ

 「オフィスは住まい(居住空間)だ」とは当社の元副社長・林昌二の言葉で、私たちがオフィスビルづくりの合言葉にしてきたものです。高度経済成長期、膨大な事務処理を担って大型化したオフィスビルですが、当時はただのハコであって建築ですらないと言われていたそうです。しかし、知的労働者が1日の1/3を過ごすことになるオフィスビルは、住まいと同じくらい人間的で優れた建築空間であるべきだ、というわけです。その後、オフィスビルは、その担う機能やデザインのみならず安全性や環境性能を飛躍的に進化させてきました。
 ところが今回の緊急事態宣言発出下では、多くのオフィスワーカーは「在宅」を余儀なくされることとなりました。急な在宅ワークによる業務継続には課題もありましたが、同時に選択肢としての可能性も見出され、いま多くの企業でニューノーマルとしてリモートワーク拡大の取り組みが始まっています。翻ってオフィスビルは、これまでにもましてライフスタイル・ワークスタイルに溶け込み、より安全安心で魅力的な空間として再構築していかなければならなくなったと言えます。

最後は神棚になります

 ちょっと皮肉屋の林は後年「オフィスは、最後は“神棚”になります」というようなことも言っています。オフィスワークもコミュニケーションも完全にデジタル化してしまったら、オフィスはその企業の存在意義や象徴、あるいは社員の帰属意識を確かめるためだけの場になる、というわけです。
 いま私たちは、ワーカーがオフィスに集まる意味をもう一度よく考えなければならなくなりました。

拡がるABW

 ABW(Activity Based Workplace)は近年ワークプレイスデザインの世界でよく耳にする言葉です。組織やワーカーの数に応じて均質にワークステーションを用意するのではなく、ワーカーがそのActivityに合わせて能動的に場を選んで働くことを促すワークプレイスです。
 わが国の多くの企業では、オフィスへの出勤から退勤までをベースに仕事を定義してきました。つまりABW推進といっても、オフィス内でのアクティビティをプログラムの対象としがちでした。これからはむしろリモートワークのほうをベースとし、オフィスをABWの一選択肢にしていくと考えやすい。朝起床してメールをチェック、子どもを保育園に送る、時間を決めてオフィスに出社、チームミーティングで資料をまとめる、取引先を訪問する、サテライトでラップアップ、より高度な環境を生かしてソロワーク、帰宅前に自己啓発のためのイベントに参加する、というようにABWの範囲はオフィスから飛び出して、より広い時間、空間へと拡がります。
 ABW発祥の地であるヨーロッパでは、もともと企業とワーカーの間の契約、期間ごとの成果やその評価が明快で、ワーカーがオフィスで過ごす目的もはっきりしてきています。中には、遠方からの通勤費用を無条件に負担するのではなく、オフィスの近くに住んでいて機動力のあるワーカーにこそ手当を支払う企業も現れているようです。わが国の企業は雇用期間が長いことから相互の信頼関係が強く、チームワークが得意ですので、このアドバンテージを残しながら、独自のルール・ツール・プレイスを再構築し、働き方改革を超えて、選択されるオフィスづくりをしていく必要がありそうです。

イノベーション再起動へ

 また、オフィスに集まるのは神棚に手を合わせるためだけではないはずです。インフォーマルなコミュニケーションから生まれる気づき、ディスカッションの目的からスピンアウトしたアイデア、これからの企業はこれらを新たなビジネスモデルへと成長させるために、多くの他企業とのコラボレーションの仕組みを持つ必要があります。広く素早い繋がりづくりにはバーチャル空間が有利ですが、より強く的確な協働を実現するには都市型オフィスの高機能でセキュアな空間の方がアドバンテージがあります。個々のワーカーも、帰属する企業のビジョンを確かめ、他者との出会いや自らの成長を感じられる場を求めるようになります。コロナ禍を超えて、オープンイノベーションの場としてのワークプレイスづくりを再起動していかなければ、企業は優れた人材を惹きつけにくくなると言われています。

STAY HOMEか、STAY OFFICEか

 我が国のオフィスビルは地震や水害、ライフラインの途絶に対して進化してきました。コロナ禍は、このBCP(Business Continuity Plan)のメニューをひとつ増やすことになったとも捉えられます。新型コロナ第2波のみならず、次に想定すべき災害とは何か、その複合化にも備えなければなりません。災害の種類によっては、住まいよりオフィスのほうが安全だという場合もありそうです。
 今回の緊急事態下でも、社会インフラを支えるために都心で戦い続けられたワーカーもたくさんおられ、より安全なオフィスが求められます。移転やサテライトとの役割分担を検討する一方、都心にもっと安全なオフィスが必要だったという企業もあるでしょう。
 大型オフィスビルには、多数の企業が入居していますから、ビルオーナーはさらにきめ細かく多くのモードを用意しておく必要があります。さらにはリモート化ロボット化も進めておかなければ、ユーザー企業のニーズに素早く的確に応えられないことになります。ビルのスマート化が待たれます。

 既に非接触デバイスや自然換気の拡大など様々な提案がなされていますが、想定する災害によっては、換気だけではなく細かく気密性を高め、空気質やその流れをさらにアクティブに制御しなければならない可能性もありそうです。高度医療施設や研究施設まで視野を拡げれば、個々の要素技術は既に揃っているともいえますので、求められるプログラムに応じて的確にインテグレートできるよう準備を進めておきたいと思います。 (2020年7月22日) 
※「Beyond Covid-19 社会・都市・建築」は連載です。今後は、建築家、プランナー、エンジニア、コンサルタント等が各専門の立場でビジョンを定期的に発信していきます。

  • 児玉 謙

    児玉 謙

    取締役 常務執行役員
    設計部門統括

    1988年、京都大学修士課程を経て日建設計に入社。専門は建築意匠設計。
    ホールやミュージアムといった文化施設・宗教施設から教育・研究施設、金融機関や企業の本部ビル、製造業におけるイノベーションセンター、複合施設・大規模キャンパスのマスタープランまで幅広い実績を持つ。
    環境技術にも広い知見をもち、日本建築学会作品選集、日本建築家協会優秀建築選など受賞多数。近年は医療福祉施設にもその幅を広げている。
    一級建築士、日本建築学会会員、日本建築家協会登録建築家。APECアーキテクト。

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