新型コロナウイルスによりもたらされる新しい社会に向けて
~脱炭素に向けたターニングポイント~

日建設計 エンジニアリング部門 設備設計グループ シニアダイレクター
田中 宏明
(役職は公開時のものです)

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 国際エネルギー機関(IEA)の4月30日の発表によると、コロナ禍による経済制限で化石燃料の消費が減少するため、2020年のCO2排出量は前年比の約8%減になると推測されています。リーマンショックの時でも1.3%減でしたから、過去最大規模の減少となるでしょう。リーマンショックの時は、リバウンドでその前よりも増えてしまいましたが、せっかくですから、コロナ禍での体験を生かし、再生可能エネルギーの普及と省エネ推進の相乗効果で脱炭素化を加速させる好機にしたい、そんな思いの一端をお話します。

日建設計 エンジニアリング部門 設備設計グループ シニアダイレクター 田中 宏明 日建設計 エンジニアリング部門 設備設計グループ シニアダイレクター
田中 宏明
(役職は公開時のものです)

新たなアイディアが生まれる自然換気・自然採光

 コロナで体験したリモートワークを契機に、将来の働き方の変化を予感した方も多いのではないでしょうか。このことは、家からもオフィスからも30分で行くことのできる「30分都市圏」の比較的低密度の郊外型の都市に、リモートワークに適した中小規模のオフィス需要が増える可能性を示唆しています。建物の間隔が広く密集していないので、自然採光や太陽光発電などの再生可能エネルギーを利用しやすくなるでしょう。また、こうしたオフィスでは通風を工夫することで自然換気による空調の省エネが期待できます。

 外出の自粛や移動制限によって、自然との触れ合いの大切さも肌で感じることができました。都心より空気がきれいで気温もマイルドな30分都市圏の恵まれた屋外環境を生かし、自然との共生をテーマにする建築が重要性を増してくるのではないでしょうか。そして、重要性の高まりとともに、機能的で新しい自然エネルギーの利用へのアイディアが溢れだすでしょう。いま私たちは、オフィスにて「窓から離れた人や間仕切りで囲まれた会議室へ自然風を届ける、イノベーティブな自然換気システム」にチャレンジしています。窓のない会議室に自然の風が入ってくる、そんなことができるようになりそうです。もちろん、これらのアイディアは郊外の都市だけでなく、都心の建物でも条件が整えば活用することができます。
 自然採光や自然換気といったオープンな技術を積極的に利用する一方で、真夏や真冬など自然環境の厳しい時には、バルコニーのような緩衝空間の存在や庇による日射遮蔽、外壁や窓の断熱といったクローズの技術とを、巧みに使い分けることが大切なのは言うまでもありません。

スモールオフィスで採用した風を集めるアイディア:六合エレメック本社ビル(2011年)
大きな集風板で風を集めてオフィスに取り込み、階段室頂部の太陽熱を駆動力に自然換気を促進させる。

重要になる「時間と空間のエネルギー・コントロール」

 リモートワークが進みオフィスが密でなくなると、空間全体を冷暖房するという考え方が変わるかもしれません。いつ、どこに、人がいるか分からない状況では、人がいる「時間、空間」をターゲットにして、フレキシブルに対応できる局所的な空調と照明が重要になります。

「クール・ウォーム・ソファー」は、ソファーから染み出す冷風温風で人を包み、暑い夏や寒い冬に来訪されたお客様に、10分も経たないうちに涼しさや温かさを提供し、快適さを感じてもらうことのできる局所空調として開発しました。「ひとりの快適を最小限のエネルギーで実現する」ことをコンセプトにしたものですが、コロナと共生するこれからの環境・設備システムにおいて大事にしたい発想です。

 また、「WELL&BCP_テーブル」は、局所空調、室内環境の監視、防災機能をオール・イン・ワンにパッケージしたテーブルで、会議の場を省エネで快適、そして安全に支援するために考案しました。コロナ後のオフィスは、「人が現地で集まるリアルなコミュニケーションのための貴重な場」に変わるかもしれません。久しぶりに顔を合わせたワーカーたちがわいわいがやがやとイノベーションを語る、そのための重要な存在になるオフィスを省エネで快適、そして安全に支援する装置として期待できます。

 局所空調の目的は、無駄なエネルギーを使わないことです。コロナ後は、人の行動に柔軟に対応でき、時間と空間を制御できる空調や照明により、徹底的に無駄を省くことが今よりもずっと重要になると考えます。


時間と場所を選ばないクールソファー/WELL&BCP_ テーブル 時間と場所を選ばないクールソファー / WELL&BCP_テーブル

「環境体験」から「環境行動」へ

 自然環境に応じて窓の開閉や照明のオンオフを切り替え、人がいる「時間と空間」に合わせて局所空調・局所照明の発停を行うためには、設備技術だけでなく、ひとりひとりの省エネ意識と省エネ行動も重要になります。そのためには、「見える化」など五感で感じるような「環境体験」をしてもらうのがよいと考えています。

 在宅勤務でオフィスのあり方を考えさせられたように、自宅学習や遠隔授業をしている子供たちを見ていて、「学校の存在意義は肌で体験すること」であると改めて感じました。瑞浪北中学校では、省エネを五感で感じてもらう「環境体験」を最も大切にしました。学校での環境体験により子供たちの省エネ意識が高まり、それが家庭や地域の中で広がり、学校の外でも省エネが進むことを期待しました。
 「環境体験」は、自然と共生することの大切さや、空調・照明といったエネルギーの消費先の理解に繋がります。さらには省エネ意識を高めることになり、やがてそれは「環境行動」となって展開されていくことでしょう。

国内初のゼロ・エネルギー・スクールの事例:瑞浪北中学校(2019 年)自然の風・光・熱を利用して健康でオープンな学習環境を創る。 国内初のゼロ・エネルギー・スクールの事例:瑞浪北中学校(2019年)
自然の風・光・熱を利用して健康でオープンな学習環境を創る。

変容する社会に適応可能な
ゼロ・エネルギー・ビルをめざして

 脱炭素のためには、国が施策として掲げるゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)とゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)を推し進める必要があります。「必要は発明の母」と言われるように、コロナ禍は我々に新しい気づきを与える機会になりました。これまで培ってきた技術や考え方を新しい生活様式に適応可能な「アイディアとかたち」にリフレームすることが、実はZEB・ZEH推進の糸口にもなっていることに気づきました。
 変容する条件の中に健康と感染防止の視点も加えて技術を落とし込み、利用者と設計者が一緒に脱炭素を考え自然と共生した環境体験の場を享受してもらう、これから我々が目指すのは、そのようなゼロ・エネルギー・ビルであって欲しいと思います。価値観が変わるこの好機に、一気にZEB・ZEHを加速させる、その後押しを、我々、建築・環境エンジニアが担う、そのことに邁進していきたいと思います。 (2020年7月17日)
※「Beyond Covid-19 社会・都市・建築」は連載です。今後は、建築家、プランナー、エンジニア、コンサルタント等が各専門の立場でビジョンを定期的に発信していきます。

  • 田中 宏明

    田中 宏明

    エンジニアリング部門 設備設計グループ
    シニアダイレクター

    1994年神戸大学大学院環境計画学専攻を経て、日建設計に入社。トヨタ自動車事務本館、静岡ガス本社ビル、六合エレメック本社ビル、浜松信用金庫駅南支店、国内初のZEBスクールとなる瑞浪市立北中学校の建築設備・環境デザインを担当。省エネ大賞、サステナブル建築賞、コージェネ大賞、空気調和・衛生工学会技術賞。名古屋大学、三重大学で非常勤講師の実績。博士(工学)、技術士(衛生工学)、設備設計一級建築士。

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