新型コロナウイルスによりもたらされる新しい社会に向けて
~Covid-19で明らかになった医療施設の3つの課題~

日建設計 クライアント・リレーション&ソリューション部門
プロジェクトマネジメント部 ダイレクター
大守 昌利
(役職は公開時のものです)

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 これほどまでに、医療施設が連日ニュースで取り上げられることがあったでしょうか。患者を救うために、医療スタッフが懸命に闘う姿に感動、感謝すると同時に、COVID-19の蔓延を前に、人類は自らを隔離状態に置くほかは術がなく、改めて新型感染症への恐怖の念を抱き続けた日々でした。
 その中で、COVID-19と闘う主戦場であるはずの医療施設が、実は多くの問題を抱えていることも明らかになってきました。

日建設計 クライアント・リレーション&ソリューション部門 プロジェクトマネジメント部 ダイレクター 大守 昌利 日建設計 クライアント・リレーション&ソリューション部門
プロジェクトマネジメント部 ダイレクター
大守 昌利
(役職は公開時のものです)

感染症と闘う建築の礎を築いたナイチンゲール

 人類は、古代より何度となく知恵を絞りながら感染症を克服してきました。現代においては、その知恵の一つがワクチンや治療薬の開発であり、もう一つが衛生的な環境づくりです。
 衛生的な環境づくりを、初めて建築に取り入れたのは、近代看護の祖ナイチンゲール(1820-1910)です。
 彼女は、従軍したクリミア戦争の野戦病院での経験などを通じて、感染症対策にとって重要なのは、適切な「自然光」「換気」「ベッド間隔」の確保であると確信し、その知見をもとに「ナイチンゲール病棟」を生み出しました。

図・写真 ナイチンゲール病棟(ロンドン 聖トーマス病院)
天井の高い30床のワンルーム病室。窓はベッドごとに設けられ、最上段の窓は換気のために常時オープン。ベッド間隔は1m以上を確保。
出典 ヨーロッパの病院建築 伊藤誠 丸善株式会社

あらわになった医療施設の3つの課題

 1月に国内で初めてCOVID-19患者が確認されて以来、医療スタッフの献身的なケア、市民の外出自粛、受入れ可能な病床や宿泊療養施設の充実などにより、本稿執筆時点では医療崩壊は免れている状況にあります。
 最新の機能や衛生環境を備えていたはずの医療施設ですが、感染拡大期には、そのままの状態では入院患者を受入れられず、急ごしらえの対応を余儀なくされました。
 渦中において、医療を支えるはずの病院建築でつまびらかになった課題は、大きく3つあると考えられます。

課題1 急増する感染症患者を受入れられない

 入院を要する感染症患者は5月初旬に第1波のピーク(約12000人)に達し、重症患者もピーク(約340人)に達しました。
 ところが、国内の約350の感染症指定医療機関の有する既存の感染症病床は約1800床しかなく、全くベッドが足りていない状況でした。多くの基幹病院は病棟稼働率が約95%と常にほぼ満床の運営を続けており、一般病棟をコロナ病棟へ転換することは困難でした。さらに、重症患者を受入れるICUは、国内約7000床ありますが、ECMO(対外式膜型人工肺)を扱えるのは1000床に満たないと言われています。
 現代の病院は、平常時の医療の機能性や効率性を最重視したつくり方をしているため、院内は、空間的余裕が不足しており、即座の受入れが困難であったのです。急増する入院患者をスムーズに受け入れるためのスペースをいかに確保するかが、今後の大きなテーマであると考えます。

課題2 一般医療と感染症医療が両立できない

 感染爆発による医療崩壊はひとまず防いだものの、次第に顕在化してきたのは、一般医療の崩壊とも言える事態です。
 COVID-19患者へのケアは、通常の医療よりも多くのマンパワーを要します。重症患者のケアでは、ECMOを使用できる場所がICUなどの重症病室に限られること、専門技術を持つスタッフやナースの数も限られていることから、一般・救急ICUが、コロナ専用ICUとなり、一般医療や救急外来を休止せざるを得なくなりました。
 現代の病院は、一般医療エリア内では新型感染症の医療を行わないことを前提としています。そのため、新型感染症患者が増えていくにつれて、一般医療との共存が困難となり、一般医療を制限せざるを得なくなったのです。感染症患者を受入れながら、一般医療も止めない工夫が、今後は求められていくと考えます。

課題3 院内感染防止に建築・設備が足かせになる

 国内のCOVID-19感染者の実に2割近くが院内感染によるもので、その中でスタッフの感染者は1割近くを占めました。
 院内感染の防止は、正しい手洗いや防護服の着脱の徹底と、感染エリアと非感染エリアの適切な区画(ゾーニング)が基本と言われています。
 患者受入れの医療施設は、まず、存在する菌の多寡に応じてGreen-Yellow-Redのゾーニングを行いました。ところが、もともとそのような使い方を想定していないため、テープによる床へのライン引きや簡易ついたてにより臨時対応が行われました。安全で清潔なGreenゾーンから、患者や陽性の疑いのある人がいるRedゾーンへの一方通行の空気の流れやRedゾーンの陰圧化も十分に確保できない状況で、患者のケアを行わざるを得なかったのです。
 現代の病院は、基準に則った清汚の区画や必要な換気量は確保しているものの、新型感染症のケアに応じられるゾーニングや空気の流れを備えてはいません。今後は、感染症のケアを安心して行える、適切なゾーニングと空調システムを、あらかじめ整えておくことが求められていくと考えます。

Next Coronaに備える医療施設のNext Design 

 COVID-19との闘いは、人類にとっては一つの通過点に過ぎません。医学は今回の知見をもとに、さらなる新型感染症Next Coronaに備えながら発展を続けるでしょう。
 医療施設のデザインにおいても、Next Coronaに備える新たなデザインが求められています。そのためには、COVID-19であらわになった医療施設の課題に真摯に向き合うことが必須です。おそらく、そのデザインは、これまで病院が発展させてきた機能性と効率性を損なうことなく、ナイチンゲールの知見にもヒントを得ながら、パンデミック時の安全性と、平常時の快適性が共存するデザインとなっていくのではないでしょうか。
 医療が進化を続ける限り、医療施設デザインも進化を続けてまいります。(2020年9月4日)

神戸市立医療センター中央市民病院 臨時病棟
基本計画:日建設計
隣接地にCOVID-19対応の病棟を建設することによって、本院側の一般医療を守る

※「Beyond Covid-19 社会・都市・建築」は連載です。今後は、建築家、プランナー、エンジニア、コンサルタント等が各専門の立場でビジョンを定期的に発信していきます。

  • 大守 昌利

    大守 昌利

    企画開発部門
    プロジェクトマネジメントグループ
    ダイレクター

    1991年、京都大学大学院工学研究科建築学専攻修了と同時に日建設計に入社。在学中はウィーン造形美術アカデミー建築教室に学ぶ。
    医療福祉施設の設計を専門として、大学病院や先端がん治療施設などの高度医療施設、公立公的病院や民間病院などの急性期医療施設、精神科病院や療育センターなどの専門医療施設など、これまでに約1万1,000床の医療福祉施設のプロジェクトに携わる。その関心は、進化し続ける医療や健康のあり方を軸にして、未来の病院の姿をどう描いていくかに向かっている。
    高知県立幡多けんみん病院、岡山県精神科医療センター、久留米大学医療センターにおいて、医療福祉建築賞を授賞。
    一級建築士、CASBEE 建築評価員、日本建築学会会員、日本建築家協会登録建築家、医業経営コンサルタント。

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