「使われ続けながら成熟するまち」を目指して

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まちは、完成した瞬間がゴールではなく、人に使われ続けることで少しずつ成熟していきます。ウォーカブルな都市に求められるのは、歩きやすさだけではありません。外出したくなる移動のしやすさ、滞在したくなる居心地、日常的な活動を支える仕組み、そしてウェルビーイングにつながる環境づくり。変化を受け止めながら価値を生み出し続ける、そんな空間の可能性について考えます。

奥森清喜(以下、奥森) 近年、「ウォーカブル」という言葉を耳にする機会が増えました。三浦先生は、現在のウォーカビリティをどのように捉えていますか。

三浦詩乃(以下、三浦) ウォーカビリティという考え方自体は、決して新しいものではありません。もともとは、モータリゼーションによって車中心につくり替えられた都市空間を、歩行者のための空間として取り戻そうという考えから始まったものです。1960年代には、ケビン・リンチやジェイン・ジェイコブスらによって、近代の都市計画を批判的に捉え直し、都市をアイレベルで観察して、改めて人のための空間を創出する議論が行われました。

その後、公衆衛生や交通計画などさまざまな分野にも波及し、地区スケールだけでなく、都市全体でウォーカビリティを考えるようになっていきます。歩くことは環境負荷の低減だけでなく、身体的な健康や心理面にも関わります。そういった意味で、あらゆる市民が享受すべき都市環境の条件として捉えられるようになってきました。

さらに1990–2000年代にかけて研究が増え、GIS(地理情報システム:Geographic Information System)などによって都市スケールのデータを扱えるようになったことや、プレイスメイキングのような実践的な手法が広がったことも影響が大きいと思います。社会的なニーズや技術の進化が重なり、2010年代以降、改めてウォーカブルが注目されるようになったと捉えています。

現在、ウォーカビリティは「都市的観点から、歩行者の多様なニーズを考慮した環境づくり」と定義されています。大切なのは、単に歩きやすいかどうかではありません。歩行者が移動しやすく、外出したくなる。そして、滞在したり、休憩したり、さまざまな活動ができる。つまり「移動利便性(movement)」と「居心地(place)」の両方を考えることが重要なのです。

奥森 ウォーカブルというと、車社会へのアンチテーゼとして「歩行空間を取り戻す」ことに目が向きがちですが、技術や社会的ニーズの変化を受けて、健康や環境、経済など、その価値自体が多層的に捉えられるようになってきたわけですね。

人が歩けるだけでなく、「居たくなる」まちにするためには、何が重要なのでしょうか。

三浦 やはり「活動」だと思います。ここ10年ほどで、居心地のよい空間をつくるだけではなく、そこで実際に活動が生まれることが重要だという認識が徐々に共有されてきました。

奥森 なるほど。まさに、私たちも実務のなかで、ただ車から歩行者へ空間を戻すだけでは新しい展開は生まれないと感じています。たとえば四日市市の中央通り道路再編プロジェクトでは、中心市街地にある大規模な街路を歩行者中心の空間へ転換するだけでなく、大学の誘致や、公共空間にさまざまな活動を生み出す仕組みについても議論しています。

三浦 次の課題は、その活動をどう続けるかです。まずは、小さくても活動を続けられる人をどう集めるか。そして、その人たちにボランタリーでなく仕事として関わり続けてもらえるかということも。経済的な指標のみで事業効果を測ろうとするのではなく、環境的・社会的な側面からも、地域の方々の多様な活動を継続させる方法を考えていく必要があります。

活動を続ける仕組み

奥森 三浦先生は各地で、公共空間の使い方を探る社会実験にも取り組まれています。先ほども「活動を続けること」が重要だというお話がありましたが、継続のためにはどんな仕組みが必要なのでしょうか。

三浦 社会実験は「まずやってみよう」という機運をつくる上で有効ですが、大きなイベントを一度行って終わりでは意味がありません。実験のあとも、地域で日常的に活動し続けられる人がいることが大切です。

旭川では、公共空間の使い方に関する地域のルールを変えていくことで、それまで「使ってみたい」という意欲があっても顕在化していなかった人たちが、「ここを使ってみたい」と手を挙げるようになりました。地域の産品を扱う人もいれば、趣味のサークル活動で使う人もいる。日常的に関わり続けられる人がいることで、公共空間はイベントの場から、地域の日々の活動を受け止める場へと変わっていきます。

一方で難しいのは、そういった活動の価値をどう伝えるかです。商店街であれば、どうしても売上など経済的な指標で評価されやすい。しかし、小さな居心地のよい空間を維持したり、そこに関わる人を増やしたりすることの価値は、それだけでは測れません。

社会的、環境的、文化的な価値をどう評価するか。たとえば旭川では、中心市街地に関わる人の「時間」が増えていることや、関わる「人材の多様性」に注目しています。単純な売上ではないけれど、地域との関わりが増えていること自体を一つの価値として捉えられるのではないかと考えています。

三浦先生が旭川で取り組む社会実験の様子。左は平常時、右はプレイスメイキング時のもの。

新しい「価値」のものさし

奥森 経済価値以外の価値をどう測るかというのは、私たちも非常に関心があります。グラングリーン大阪では、大規模な緑地への投資がどのような価値を生むのかを評価する「みどりのものさし」という取組みを行っています。環境的な価値だけでなく、心理面やQOLへの効果、さらには経済的な価値まで、いくつかの指標を用いて定量化するものです。

これまで数値化しにくかったものも、技術の発展やこれまで蓄積されてきた知見によって、少しずつ評価軸として測れるようになってきました。そうした価値を可視化することで、なぜそこへ投資するのかという意義も共有しやすくなります。

グラングリーン大阪。「みどりのものさし」で緑地への投資価値を可視化する。
撮影:伊藤 彰[アイフォト]

三浦 海外の都市再生では、経済的な価値はロジックモデルのなかに、社会的・環境的な価値が高まった先に描かれるものとして位置づけられている例があります。最初から経済効果だけを見るのではなく、「まず、この段階ではこの価値を測りましょう」と、連鎖していく価値が生まれていくプロセス自体を共有することが重要なのだと思います。

奥森 経済、環境、社会、文化といった価値がそれぞれ独立しているのではなく、一つの価値が次の価値につながり、好循環を生み出していく。その構造を捉えることが大切ですね。

ウォーカブルが健康や環境などさまざまな価値へ広がってきたというお話がありました。近年よく使われる「ウェルビーイング」とウォーカブルには、どのような関係があるのでしょうか。

三浦 ロンドンでは「Healthy Streets」という政策が進められています。街路だけではなく進捗している都市再開発全体に「健康」という視点を取り入れ、面的な街区で、身体的な活動量の増加や精神的なゆとりにつながることを目指す考え方です。

特徴的なのは、それを評価する指標がつくられていることです。たとえば歩いたり自転車に乗ったりして身体活動量が増えれば健康につながりますし、病気で仕事を休む日数が減れば、生産性の向上として貨幣価値に換算することもできます。

さらに、交通部門、都市整備部門、デベロッパー、住民など、立場の異なる人たちが「Healthy」という共通の目標とその達成のものさしとなる指標をもっていて、それぞれの立場から都市を変えていくためのコミュニケーションツールになっています。

都市再開発全体に「健康」という視点が取り入れられているロンドン。写真はLow Traffic Neighbourhoodsとしてストリートデザインを行なった既成住宅地の様子(2026年1月、三浦先生視察時に撮影)。

奥森 そう考えると、ウェルビーイングはウォーカブルよりも、より網羅的な概念として捉えられそうですね。ウォーカブルと聞くと、どうしても「歩く」ことに意識が向きますが、健康になるためには自転車でもいいし、必ずしも速く歩かなければいけないわけでもない。

三浦 そうですね。ヘルシーやウェルビーイングが目指す成果(アウトカム)としてあって、それを実現する都市環境のベースとしてウォーカブルがある、と考えるとわかりやすいと思います。

そしてウォーカブルを構成するのが、冒頭でお話しした「移動利便性」と「居心地」の2つです。移動しやすければ外出したくなるのでは、という考え方もあります。一方で、居場所があってこそ、ゆっくり休みながら歩くことにもつながります。この両軸を考えた結果として、人の活動が生まれ、ウェルビーイングが高まっていくという関係です。

奥森 コロナ禍を経て、身近な公園や公共空間の価値が多くの人から見直されました。移動が制約されたことで、散歩したり、身近な場所で過ごしたりすることが、健康や生活の豊かさに関わっていると実感した人も多かったと思います。

三浦 これから考えなければならないのは「暑さ」ですね。今の夏のような環境が続けば、ウォーカブルと言っていられなくなる可能性があります。

屋外空間での熱中症も大きな問題になっていますから、単に歩行空間を広げるだけでなく、どう日陰をつくるか、どう緑を配置するかということが重要になります。

バルセロナでは、スーパーブロックの取組みなどを通して歩行者空間がつながり、そのなかで既存の緑陰空間が活きてきています。日本でも、点としてのウォーカブルな空間をつくるだけではなく、緑や日陰をネットワークとしてつないでいく発想が必要だと思います。

変わり続けるための「初期設定」

奥森 ここまで、活動を続ける人や仕組み、地域ごとの個性、そして経済だけではない価値の評価について伺ってきました。そうした視点も踏まえて、都市計画や建築設計など、実務を担う私たちに期待することはありますか。

三浦 まちが変わり続けられるような仕組みをつくってほしいと思っています。海外のプロジェクトでは、空間を「完成した(complete)」とは言わず、「成熟した(matured)」と表現することがあります。供用開始がゴールではなく、使われ続けることで、変化しながら成熟していくという考え方です。できた空間をただ使いこなすのではなく、その使い方自体を地域の人たちが「編集」していけることが大切です。つまり、空間に使われ方の変化を受け止められる余地を残しておく。そのためには、空間をつくる段階から、誰が関わり、どう運営し、将来どのように変えていけるかという「初期設定」を考えておく必要があります。

海外では、行政がそうした仕組みをあらかじめ用意していたり、地域資源(自然や歴史)の保全団体などが役割を担ったりする例がありますが、日本では、その「初期設定」を誰が提案するのかが、まだ明確ではありません。だからこそ、設計とマネジメント両方の経験をもつ皆さんには、自治体や地域に対して、そうした仕組みまで含めて提案していく役割を期待しています。

奥森 まさに私たちも、つくって終わりではなく、その後の使われ方からフィードバックを得て、次の「初期設定」へ返していくことが必要だと考えています。成長社会から成熟社会へ移るなかで、求められるのは空間の「量」だけではありません。携わったプロジェクトから得られた知見を踏まえ、計画や設計という入口から、その後の使い方や成熟までを見据えて、まちが継続的に価値を生み出せる仕組みをどうつくるか。そこまで含めて都市を考えていくことが、これからますます重要になると思っています。

三浦 「まずやってみる」ことができる都市になってほしいと思います。海外のプロジェクトでは、一定の賛成があればまず実験を始め、長期間試しながら行動変容を促すような例もあります。

最初から完成形を決めるのではなく、「だめだったらやめる」という条件で始めてみる。その間に使う人の行動が変わり、評価も変わるかもしれない。そういう「実験を続けられる仕組み」をつくることが、日本の都市を変えていくために必要だと思っています。

奥森 実験であることを前提に、リスクも特定の誰かだけに負わせず、地域で共有していくことが重要でしょうね。そうでなければ、結局「やらないほうが安全」という結論になってしまいます。

三浦 そして、その判断を支える技術もこれから大きく進歩すると思います。この10年で、歩行者や自転車、人の活動、緑などを扱うデータの解像度はかなり上がってきました。

これまでは歩道の幅員のような基本的な情報さえGISで扱いにくいことがありましたが、画像解析などでより人に近い地区スケールのデータが蓄積されれば、「こう変えたらどうなるか」を丹念に検証しやすくなります。

奥森 今後はデジタルツインなどを活用して、デジタル上でシミュレーションしながら、「それなら実際にやってみよう」とリアルな社会実験へつなげ、さらに実際に使われた結果をまたデータへ戻していく。そうした循環ができれば、都市の変化を加速させる一つの力になるかもしれません。

そういったトライアルがいろいろなところで積極的に起こって、ウォーカブルな空間の価値が変容し、そこでさらなる価値が生まれていくような好循環が広がっていけばと思います。

三浦 そうですね。そうなっていくといいなと思っています。

対談風景撮影:新 良太

三浦詩乃

中央大学 理工学術院 准教授 一般社団法人 ストリートライフ・メイカーズ 共同代表理事

日本都市計画学会論文奨励賞受賞(2015年度)。国土交通省 都市の多様性とイノベーションの創出に関する懇談会(2019)コア委員を務めるなど、人間中心の街路施策への提言を行う。

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