多様性に富む渋谷というフィールドが、グループの可能性を広げていく。【前編】

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2019年11月1日、渋谷の新たなランドマークとして「渋谷スクランブルスクエア」が開業し、大きな節目を迎えた渋谷再開発。そこで、これまでさまざまなフェーズで同プロジェクトに関わってきた日建グループ各社のメンバーによる座談会を行った。集まったのは、元北海道日建設計で現在は渋谷区に所属する林匡宏さん、日建設計から奥森清喜、都市政策立案を担う日建設計総合研究所から渡部裕樹、インテリアデザインを手がける日建スペースデザインから片山賢、集合住宅を専門とする日建ハウジングシステムから横手和宏、土木部門を担う日建設計シビルからは正垣隆祥、日建設計コンストラクション・マネジメントからは上ノ町圭一。7名がそれぞれの業務・立場から語る渋谷の街、そして日建グループの姿とは。ファシリテーターは、日建設計プロジェクト開発部門の姜忍耐。

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日建グループ各社、それぞれの渋谷との関わり

:みなさんそれぞれのフェーズで渋谷の再開発に関わってきたと思いますが、まずは自己紹介も兼ねて、これまでどんなことをやってきたのか聞かせていただければと思います。北海道日建設計の林さんからいきましょうか?

:元北海道日建設計ですね(笑)。今は渋谷区の公園課に所属していて、渋谷再開発には日建設計在籍時から関わっています。2008年に入社してすぐに再開発のコンセプトブックの制作チームに入ったのですが、当然のことながら、まだ影も形もない状態で。バオバブの木をイメージして、宇宙に向かってタワーが伸びて、そこに人がたくさんいて……という、今見るとちょっと恥ずかしい絵を描きました(笑)。

片山:日建スペースデザインの片山です。僕がふだんやっているのはほとんどホテルのインテリアデザインなんです。それが「オフィスの共用部だけど、渋谷だからお前がやれ」という話になって、2013年頃から渋谷スクランブルスクエアに関わっています。たしかに若い頃はよく渋谷で遊んでいましたが、人混みが苦手で、仕事の声がかかった頃はすでに足が遠のいていたんですけど。

上ノ町:日建設計コンストラクション・マネジメントの上ノ町です。渋谷再開発には2段階で関わっています。ひとつは5年ほど前、長期的な視野で工事・工程の調整を行うCM会議(渋谷駅中心地区工事・工程協議会)のために2020年の渋谷駅周辺のイメージや、2020年までのステップ図をまとめる業務。もうひとつは渋谷スクランブルスクエアのオフィスの内装監理で、これは今も行っています。すでに稼働しており、入居済のオフィステナントがいますが、今も毎日のように渋谷に来ています。

渋谷駅周辺完成イメージ(提供:渋谷駅前エリアマネジメント)

横手:日建ハウジングシステムの横手です。これまでの渋谷ってちょっと苦手で(笑)、目的がないとなかなか行かないところでした。2014年から桜丘口地区の住宅部分やサービスアパートメント部分の設計などに関わりました。再開発プロジェクト全体は日建設計に統括していただきながら、日建グループの住宅設計の専門として参画させていただきました。とてもいい経験になりましたね。

渡部:日建設計総合研究所の渡部です。私は、修士論文の対象地が渋谷でした。2005年に日建設計に入社してからは渋谷とは離れていたのですが、2012年に日建設計総合研究所に転籍した後は、2018年まで「一般社団法人渋谷未来デザイン(以下、渋谷未来デザイン)」の設立に関わり、現在は「渋谷区まちづくりマスタープラン」の改定に関わる仕事をしています。

正垣:日建設計シビルに最初に話がきたのは、再開発の初期のプロポーザルの段階でした。最近では桜丘の基盤の基本計画に関わっていて、道路の協議などをしていました。渋谷は移り変わりが激しいし、高低差も大きいし、私個人としては、なかなか慣れませんね(笑)。今日も桜丘にあった建物が全部なくなっていて驚きました。

:それでは、最後は奥森さん。

奥森:私はもう15年くらい渋谷に関わり続けています。第一弾は2012年に開業した渋谷ヒカリエ、第二弾が2019年の渋谷ストリーム、渋谷スクランブルスクエア、それから渋谷フクラス。その後は渋谷駅桜丘口地区。5街区が連鎖的にできあがるスキームなのですが、何かしらの形で全街区に関わってきました。その間、街はどんどん変わっていて、これまでは遊びや買い物をする消費の街だったのが、これからは生産や創造の街になっていきます。つくっているときには想像もしていなかったけれど、駅中心地区の竣工したビルに入居している企業の多くがIT企業だった、というような感じです。

:それはたまたまそうなった、ということですか?

奥森:Googleをはじめ、テナントがIT企業で埋まったのは必然だったのかなと感じています。

多数の事業者、複雑な地形……それらを調整し、まとめていく

:私が入社したのは2013年の都市計画提案の前、ちょうど再開発が具体的に動き始めた頃でした。これまでピンポイントでしか関わってこなかったので、詳しい話を聞くのは初めてです。これまでの流れを振り返っていただけますか。

上ノ町:2020年の世界規模のスポーツの祭典の開催が決まったのが2013年の9月で、それが街の動線がどう変えていくのかを考え始めたタイミングでした。9つの事業者から情報をすべて集めて、どういう課題があるのか「見える化」を図りました。当時、私たちがつくったステップ図を見てみると、予定どおりのところとそうでないところがあるな、という印象です。

奥森:複数の工事が同時に進むから、工程をつくるのにも時間がかかりますよね。さらに、それぞれの街区で鉄道工事と道路工事が行われていて、渋谷はずっと工事をしていると言われているくらい。全体のスケジュールを管理することは、とても重要な役割だったと思います。

上ノ町:渋谷は、ひとつの巨大な工事現場のようなもので、街を歩いていると昼夜を問わず作業員さんが忙しなく動いています。しかも鉄道や交通を生かしたまま、一日何百万人ともいわれる駅利用者がいる中で工事を円滑に進めつつ、2020年にはどういう状況になっているのかをつかむのが大きな命題でした。

:当たり前ですが、当時からずっと先を見据えてやってきたんですね。

上ノ町:事業者さんから出てくる工程や計画図も、すごく細かいものもあれば、まだ叩きの状態だったりと濃淡があって、それらをうまく1枚の絵に落とさなければなりません。たとえば、駅街区の渋谷スクランブルスクエアだけでも東急さんとJR東日本さんと東京メトロさんの3社が絡んでいるし、渋谷は東急さんの本丸なので、とくに強い想いがあって……という中でやってきました。

正垣:日建設計シビルは道路の基本計画を担当しました。渋谷区の叶さん、米山さんたちと一緒に苦労した思い出があります。急勾配で狭いけれど、道路の形は変えられない。そこで、どうやって安全を保つのかという話をしました。

再開発ならでは、渋谷ならではの設計とデザイン

横手:基盤部分の議論が進む一方で、僕ら日建ハウジングシステムは桜丘の再開発組合の事業協力者でもある東急不動産さんと住宅の検討を詰めていきました。 住宅部分の計画と、同じ建物内にある他の用途との計画調整・規模調整を、日建チーム内で検討しました。

片山:駅直結でこれだけ大規模な住宅は、再開発でなければできませんよね。

奥森:再開発の場合、デザインや面積の話が同時並行で動くから、調整が大変なんですよね。「せっかくここまでまとめたのに!」みたいな(笑)。

横手:それは感じました。一方で、そういう普通のマンション設計にはない部分が新鮮で、日建設計とのコラボレーションで進める意義・大規模の魅力でもあったと思います。

:駅街区(渋谷スクランブルスクエア)のオフィス部分についてはどうでしょう?

片山:私は、2014年に半年くらい関わったあと、東急さんとJRさんと東京メトロさん3社の協議を挟んで、またオフィスの話題が出てきたところで再登場しました。最初に東急さんから「片山さんなりの、渋谷ならではのインテリアデザインを提案して」と言われて、意気込んでプランを持っていったんです。鉄道にちなんで、ロビーにレールを敷いたり、景色のいいところをプラットホームにしたり。これがめちゃくちゃウケたんですよ!

奥森:どうして実現しなかったんですか?

片山:「今度は真面目に考えてね」って(笑)。結局、今のデザインに近いものを提案したのですが、実はそこからも長くて……。六本木に集まっているIT企業を渋谷に取り戻そうという話があって、LEDのディスプレイを設置するなどいろいろな検討をした結果、ようやく最終的な形に落ち着きました。

渋谷スクランブルスクエア17階オフィスロビー 渋谷スクランブルスクエア17階オフィスロビー

:ああいう真っ白なオフィスロビーってあまり見ないですよね?

片山:そうなんですよ。白ベースでちょっとクラフト感があるタイルを使って、「これから入居する企業が染めていく」という意味も込めてコンセプトをまとめました。渋谷の雑踏の中でポンと立つのは、やっぱり白がいいですから。

奥森:たしかに渋谷って雑多で、いろんな色がごちゃまぜになっていますよね。渋谷スクランブルスクエアの高層階で、代々木公園の緑とその奥の新宿のビル群がすごくきれいに見えるロケーション。まさに白いキャンバスになっている。

正垣:渋谷スクランブルスクエアにはミクシィさんが入居されていますが、IT企業って、M&Aでベンチャーをどんどん買収していくから人がどんどん増えていくし、床需要はすごく高いですよね。

渡部:IT企業からは、渋谷という場所は突出して人気が高いとも聞きました。

奥森:ヒアリングをしたら、若い人の採用に効くんだそうです。職場が六本木というと一定の層にしか響かないけれど、渋谷はより多くの人が魅力を感じる。

:若い人となると、とくにそうですよね。さらに、渋谷の街にIT企業がたくさん集まることで、シリコンバレーのように横のコミュニケーションへと広がっていくんでしょうね。

元北海道日建設計 林匡宏

元北海道日建設計 林匡宏
渋谷区公園等整備アドバイザー、博士(デザイン学)

2008年、筑波大学大学院芸術研究科を修了後、北海道日建設計に入社。2018年8月に独立し、まちづくりコーディネーターとして各地で街のビジョニングや事業化支援、エリアマネジメントの仕組みづくりを手掛ける。商店街振興の一環として北海道江別市でゲストハウスを経営。Commons fun代表、loki 代表、 ESCS代表理事、ミズベリング江別代表、JMLプロジェクトマネージャー。

日建設計 奥森清喜
日建設計 執行役員
都市部門 都市開発グループ プリンシパル

1992年、東京工業大学大学院総合理工学研究科を修了後、日建設計に入社。専門は都市プランナー。東京駅、渋谷駅に代表される駅まち一体型開発(Transit Oriented Development : TOD)に携わり、中国、ロシアなど多くの海外TODプロジェクトにも参画。主な受賞に、土木学会デザイン賞、鉄道建築協会賞、日本不動産学会著作賞など。

日建設計総合研究所 渡部裕樹

日建設計総合研究所 渡部裕樹
日建設計総合研究所 都市部門 主任研究員

2005年、東京工業大学社会工学専攻を修了後、日建設計に入社。2012年に日建設計総合研究所に転籍し、国や地方自治体の政策立案支援等に従事。渋谷では、「一般社団法人渋谷未来デザイン』の設立や「渋谷区まちづくりマスタープラン』の改定を支援。

日建スペースデザイン 片山賢

日建スペースデザイン 片山賢
日建スペースデザイン チーフディレクター

1989年、京都工芸繊維大学を卒業後、日建設計入社。1996年より日建スペースデザインに移籍し、現在は同社ホスピタリティ部門のチーフディフレクター。内装から商品開発まで広く手掛けてきたが、近年はほぼホテル案件に携わっており、現在もアフターオリンピックに向けての新規ホテルを多数担っている。本件ではオフィス共用部のインテリアデザインを担当。

日建ハウジングシステム 横手和宏
日建ハウジングシステム CR企画部次長
設計監理部 アソシエイト アーキテクト

2007年、工学院大学大学院を修了後、日建ハウジングシステムに入社。専門は建築意匠設計。入社以来、中低層高級分譲住宅のほか、シニア住宅、海外プロジェクト、再開発プロジェクトなど幅広いジャンルの設計を担当。現在は大規模住宅再開発プロジェクトにおいて、シニア住宅+シェアハウス+賃貸住宅の複合用途の設計を担当。2018年グッドデザイン賞受賞(ザ・パークハウス新宿御苑)。 

https://www.nikken-hs.co.jp/ja/people/post/kazuhiro-yokote

日建設計シビル 正垣隆祥

日建設計シビル 正垣隆祥
日建設計シビル

1982年、日建土木工務所に入所、2001年、日建設計シビル設立と同時に転籍。再開発事業や駅周辺開発に係る基盤計画、駅前広場計画など都市部における基盤計画に従事。2011年から2015年まで桜丘口地区の道路計画・交差点処理計画、警視庁協議に従事。

日建設計コンストラクション・マネジメント 上ノ町圭一

日建設計コンストラクション・マネジメント 上ノ町圭一
日建設計コンストラクション・マネジメント

2003年、明治大学理工学部建築学科を卒業後、清水建設に入社し約10年間にわたり東京や海外で施工管理に従事。2013年、日建設計コンストラクション・マネジメントに入社。渋谷駅周辺事業ではCM会議(渋谷駅中心地区工事・工程協議会)からオフィス内装監理まで幅広い範囲でさまざまなマネジメント業務に関わる。

日建設計都市部門 姜忍耐

日建設計都市部門 姜忍耐
日建設計 都市開発部門 都市開発部
パブリックアセットラボ

2010年、九州大学大学院人間環境学府都市共生デザイン専攻を修了後、日建設計に入社。入社後3年間、渋谷の駅周辺開発の都市計画担当。その後、東京都内だけでなく、地方都市や中国をフィールドとした開発プロジェクト、都市計画・まちづくりコンサルティングなどに幅広く従事しながら、最近では、公共空間の利活用に向けたスキーム・仕組みづくりにも携わっている。

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