地域と再開発が、深く連携したまちづくり。【前編】

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旧東急プラザ渋谷とJR渋谷駅西口の周辺街区を含めた再開発事業として、2019年10月に竣工した「渋谷フクラス」。その足元、渋谷マークシティと国道246号に挟まれたエリアにある商店街「渋谷中央街」には、今も数多くの飲食店がひしめく。“渋谷の西の玄関口”の整備工事が進みつつあるなかで行われた、再開発と地域商店街との関わりを語る座談会に参加したのは、渋谷中央街の前理事長・坂入益さん(中)、道玄坂一丁目駅前地区第一種市街地再開発事業のコンサルティングを担当したタウンプランニングパートナー代表の景山浩さん(中左)と渋谷フクラスの事業協力者である東急不動産の長幡篤史さん(中右)、そして渋谷フクラスの開発に関わりながら、地元の協議会運営をサポートした日建設計都市部門TOD計画部アソシエイトの篠塚雄一郎(右端)。渋谷駅西口エリアのこれまで、そしてこれからの姿とは? ファシリテーターは、日建設計都市部門再開発計画部アソシエイトの藤原研哉(左端)。(座談会実施:2020年2月中旬)

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商店街とディベロッパーと。つきあいを重ね、気持ちを重ねて信頼関係をつくる

藤原:昨年、渋谷フクラスがオープンし、西口エリアは大きく変わる転換期に差しかかっています。そこで本日は、当エリアをけん引する渋谷フクラスのプロジェクトについて、また古くからの商店街と連携したまちづくりの取り組みについて、お話をうかがえればと思います。まず坂入前理事長から、渋谷中央街とこの開発との関わりについてお話いただけますか?

坂入:中央街は「渋谷駅前商店街」という名前だった時代から数えて約60年の歴史があり、その間には何度か開発の話が持ち上がっています。まず最初に「地下街をつくる」という話があったのですが、紛糾しまして、それから「西口広場の上空に回廊を」という構想もありましたね。街が変貌するとなると、当然ながら地元は騒然とするわけで、いろいろな問題が持ち上がって、そのたびに中央街の役員が総取っ替えになりました。

篠塚:なるほど、開発は地元にとってもそれだけ大きな出来事なのですね。

坂入:私が前任者から理事長を引き継いだときには、人事的な問題はありませんでしたが、後から「どうも西口開発の計画が進んでいるらしい」と耳にしました。渋谷の街が今のままの状態でいいはずはないと思っていたけれど、商店街が自力で開発なんてできるわけはなくて、やっぱり事業者さんあってのこと。とはいえ、我々も開発について積極的に考えるべきなんじゃないか、我々にも責任があるんじゃないかということで、地域のまちづくりの専門家である景山さんにご相談したわけです。

景山:ちなみに、坂入さんが中央街の理事になったのはいつ頃のことですか?

坂入:おそらく28歳のときだったと思います。

景山:ということは、もう40年くらいも中央街に関わっているんですね。僕が話をいただいたのは、坂入さんが副理事長になった2006年頃で、ちょうど新しい再開発の話が持ち上がっていました。ただ当初はみなさん、かなり慎重な姿勢でしたよね。

坂入:そうでしたね。

景山:当時、渋谷駅を含めた開発はすでに検討が進んでいて、前任の理事長が地元調整協議会という会合に呼ばれて行くわけです。そこでプロジェクトについて説明されるのですが、見せられたのは役所に提出するような資料そのままで、ずいぶんと硬いものだった。素人にはわかりづらく、アドバイザーが必要だということで、声をかけていただいたんです。

藤原:景山さんも、そんなに以前から、プロジェクトに関わっているんですね。

景山:ええ。それから2007年頃、坂入さんに「実はこういう話もあるんだけれど解説をしてほしい」と東急不動産さんの再開発の資料を見せられて、地権者の方々有志で勉強会を始めました。ただ資料にある数字の根拠までは私にはわかりませんから、事業者さんに直接聞いてはどうかといって立ち上げたのが再開発の検討会です。それがのちに道玄坂一丁目駅前地区(以下「本地区」という)、つまり渋谷フクラスの再開発準備組合へと移行していきます。

坂入:中央街でも、まちづくりの勉強会を何度も開きました。その勉強会で何班かに分けて街歩きというのをしまして、そこで出てきた課題が道路環境の整備についてでした。違法駐車や違法看板などが多く、人が歩きづらい状態になっていたので考えなくちゃいけないね、と。また、開発の前に中央街のまちづくりのルールを整備しようということで、どうしたらこのエリアがよくなるか話し合いを始めました。

景山:あの話し合いはよかったですね。違法駐車や違法看板のほか、風俗営業や客引きを取り締まろうといった具体的な話ができて、まちについてみなさんが思っているところを引き出しやすかった。

藤原:開発を機にエリア全体がよくなっていった、その理由がわかるエピソードですね。長幡さんは、東急不動産という渋谷フクラスの事業協力者の立場で参画されていますが、いかがでしょうか?

長幡:僕が関わり始めたのはたしか2010年からですから、ちょうど10年くらいになりますか。まずは、50年以上前の資料発掘からスタートして、その中には、後に(東急不動産の)社長になった方が係長時代の資料なんかも交じっていましたよ。東急不動産にとってこのエリアは、長く東急プラザ渋谷を営業してきただけではなく、かつて本社が置かれていたいわば「魂」みたいな場所でした。その建て替えを検討するなかで、再開発というプランが立ち上がったわけですが、いざ街に出てみたらなかなか難しい状況で……驚きました。

景山:きっと先人たちは、もっと苦しんだと思いますよ。

長幡:そうでしょうね。社内的には東急プラザを建てた50年前から続く重い歴史がある一方で、街には東急不動産の存在感が全然なくて、地元のみなさんは慎重な姿勢どころか、距離を置いているような関係性でもありました。そこからのスタートでしたが、地域の方のご協力もいただきながら、街の発展について一緒に検討をしたり、パトロール等の活動をしたり。この10年でだいぶ状況は変わって、「同じ街の人」として見ていただけるようになったと感じています。

藤原:なるほど。長幡さんが入られたときは、そんな状況だったのですね。地域の方との関係性を築いていくために、何かアクションを起こされたりしましたか?

長幡:最初は、毎年9月にある金王八幡宮の例大祭に参加させていただきました。正直、何をすればいいかまったくわからなかったので、とりあえず、まずは行ってみたというところで(笑)。

篠塚:あのときは、中央街の方々に怒られましたよねえ(笑)。

長幡:怒られましたねえ……。というのも、私たちが普通の服で行ってしまったものですから、「そんな格好じゃ神輿を担げないだろう!」って。それで、揃いの法被をはじめ、祭りに参加する段取りを整えていただいて。でも今となっては、神輿があってよかったなと思っています。

景山:地元に入り込むきっかけができましたよね。

坂入:青年会の若い人たちとつき合いができただけでも、かなりの前進だと思いますよ。地元に入ってきていただくことで、いろんな話もできますしね。

藤原:こういう大きなプロジェクトで、まず地元の方と一緒にお祭りに参加するという話は、他ではあまり聞きませんよね。

坂入:神輿といえば、かつては東急プラザの入り口に神輿を置いてもらっていたんです。だから建て替えのときには、渋谷フクラスのバスターミナルの中にも置けないかとか、いろんな意見が出ました(笑)。そんなやりとりをしたことも、徐々にわだかまりがなくなっていった要因のひとつでしょう。今の東急プラザの支配人さんなんて、夜、パトロールをしてくれるくらい街のことを考えておられる。

景山:まちづくりを進めるときには、もちろんトップ同士の話し合いも大事だけれど、いろいろな階層で結びつきが生まれないと、絶対にうまくいかない。個人的にも、人と人との間に入って調整していくということは、まちづくりの醍醐味のひとつだと思っています。

西口の新しいアイコン、フクラス、観光支援施設のこと

藤原:篠塚さんは、日建設計の担当として、設計はもちろん都市計画にも深く関わっていますよね。

篠塚:僕も長幡さんと同じように、本地区の開発に本格的に関わるようになったのは2010年頃からだったと記憶しています。渋谷駅西口でどういう開発をしていくかという検討や議論の中で、バスターミナルや歩行者の動線、駐車場をどうするのかという話が持ち上がり、中央街さんから“荷捌き場”と化していた道路環境をどうにかしたい、というリクエストをいただいて。

坂入:最初に篠塚さんに会ったとき、道路規制にすごく詳しい人だな、と思ったんです。

景山:そう、道路のことを聞いたらだいたいなんでも答えてくれるという。

篠塚:そうでしたか(笑)。そこで、都市再生特別地区という都市計画制度を活用する中で、公共貢献として「誰でも利用できる共同の荷捌き場(現在のESSA)を地下につくろう」という提案を、東急不動産さんと一緒にまとめていったわけです。さらに、事業区域外の道路も含めてきれいにすれば、たくさんの人が歩いて賑わう街にできるんじゃないかと。その提案が渋谷区や東京都にも受け入れられて、具体的に計画が進んでいきました。

藤原:渋谷フクラスが竣工した現在も、バスターミナルが整備されたり、国道の上のデッキが架け替わったり、中央街のメインストリートであるプラザ通りがきれいになったり、さまざまな整備が進行しています。西口はこれからもどんどん変わっていきますが、道路や広場といった公共の場が新しくなったことによって、中央街を含めたエリア全体にどんな影響があったのでしょうか。

坂入:渋谷フクラスに外国人向けの観光支援施設ができましたよね。それもあって、外国人旅行者がずいぶん増えました。

景山:もちろん渋谷全体でも増えているのでしょうが、たしかに多くの外国人が、このエリアを訪れてくれていますね。

長幡:地下の荷置き場と同じように、渋谷フクラスの1階に公共貢献として整備された「shibuya-san」という観光支援施設は、スタンディングを中心としたフランクな空間で、スタッフのほとんどが外国人。彼らが渋谷を回って、自分が楽しいと思ったところを、お客さんと同じ外国人目線で紹介するというコンセプトなんです。ローカルな飲み屋とかクラブとか、ガイドブックには載っていないような情報が得られるユニークな場所なのですが、まだまだ浸透しているとはいえなくて。

景山:これからですね。

長幡:開発者目線でお話すると、10年後にはきっと、このあたりはもっと様変わりしているでしょう。現状では、外国人も飲食店でのルールがわからないし、飲食店側も外国人に合わせた対応が完璧にできているとはいえません。それでも、これだけたくさんの外国人が訪れていることは事実だし、テナントさんも含めて、否応にも変わっていかざるを得ないと思うんです。

景山:たとえば、日本でも座料を取る料金システムが必要になるかもしれないし、立ち飲みの店なんかも増えていくかもしれませんね。

藤原:お店での案内も含めて、外国人旅行者への対応を考えていくというのは、新しい視点ですね。

長幡:そうですね。サービスが変わるのか、テナント自体が入れ替わるのかはわかりませんが、いずれにしても大きな開発があった周辺には必ず変化が起こるもの。Shibuya-sanも、そうしたいい変化に少しでも貢献できたらと考えています。

坂入益

坂入 益
渋谷中央街
前理事長

渋谷で生まれ育ち、居酒屋つくしんぼなど渋谷中央街で約30年間飲食店の経営をしながら、2006年から商店街活動に参画。道玄坂一丁目駅前地区の当初の検討エリアでは再開発準備組合の理事長も努めていた。2016年には渋谷中央街の理事長に就任し、商店街活動をけん引しながら、行政等への働きかけや地元の取り纏め役として活動し、2020年6月に理事長を退任。
現在も渋谷を拠点に飲食店を経営している。

景山浩 タウンプランニングパートナー 代表取締役

景山 浩
タウンプランニングパートナー
代表取締役

30年以上の再開発コーディネーターとしてのキャリア
2007年3月から2020年3月まで渋谷中央街まちづくりアドバイザーを務める。
渋谷中央街まちづくりルールや道玄坂一丁目地区地区計画の策定に関わると共に、 渋谷フクラス(道玄坂一丁目駅前地区市街地再開発事業)の再開発コーディネーターに従事。渋谷中央街歩行環境改善における地域荷捌き検討会(平成28年6月「渋谷中央街 道路環境整備協議会」に改組)など様々な場面で渋谷中央街のまちづくりに関わった。

長幡篤史 東急不動産株式会社 都市事業ユニット 渋谷プロジェクト推進本部 渋谷プロジェクト推進第一部  事業企画グループ   部長 グループリーダー

長幡 篤史
東急不動産株式会社 都市事業ユニット 渋谷プロジェクト推進本部 渋谷プロジェクト推進第一部 事業企画グループ 部長 グループリーダー

道玄坂一丁目駅前地区市街地再開発事業(渋谷フクラス)の準備組合設立から竣工・開業まで約10年にわたり事業推進を担当。
再開発事業全般の推進を図るとともに、地元渋谷中央街とは、本事業工事に関する連絡協議会、歩行環境改善における地域荷捌き検討会(平成28年6月「渋谷中央街 道路環境整備協議会」に改組)、道路占用による地域イベントなど、ハード整備・ソフト運用まで渋谷中央街のまちづくりに関わった。

篠塚雄一郎 日建設計 都市部門TOD計画部アソシエイト

篠塚 雄一郎
日建設計
都市部門 TOD計画部 アソシエイト

建設コンサルタントにて行政のまちづくり計画や駅周辺開発などに従事後、2008年に日建設計に入社。国内外の鉄道駅を含んだ複合都市開発事業の基盤計画などを中心に、渋谷駅や有楽町駅、下北沢駅などの計画を推進。最近はパブリックスペースの利活用など、従来のコンサルタントの領域を超えた活動にも参加。

藤原研哉 日建設計 日建設計都市部門再開発計画部アソシエイト

藤原 研哉
日建設計
都市部門 再開発計画部 アソシエイト

日建設計入社当初から渋谷駅の開発プロジェクトに従事。数年前の地方都市への出向の際には、関西や九州エリアにおける行政のまちづくり計画・都市計画コンサルティングなどに携わる。近年は、日本橋や東京駅周辺エリアのTOD(駅まち一体)プロジェクトをはじめ市街地再開発事業のコンサルティングやパブリックスペースの利活用検討など幅広く活動。

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