緑の丘を再生する
建築とランドスケープの一体開発
WUHAN AVIC PARK

Scroll Down

航空機の研究開発・製造を行う中航グループが、中国湖北省武漢市の光谷地区に計画した航空展示館を含む複合開発「WUHAN AVIC PARK」。コンセプトは「市民に開かれた航空公園」で、2017年にスタートし、新型コロナウイルス感染症の影響を大きく受けながらも、2023年8月に竣工を迎えました。既存の地形を活かし、さらに環境にも配慮しながら、建築とランドスケープをシームレスにつなぐことで、航空展示館の豊かな鑑賞体験をつくり出す。国内にも例がないほど大規模な、建築とランドスケープの一体開発のプロセスをご紹介します。

風・水・光・熱を制御する、緑の丘という“環境装置”

武漢の中でもハイテク産業が集まる新興エリア、光谷地区に位置する「WUHAN AVIC PARK」。東西両端にある2つのタワーには、オフィスやR&D施設、サービスアパートメント。またタワーをつなぐ低層部分には、航空展示館と商業施設のオープンが予定されています。敷地は高低差がある丘陵地を切り拓いてつくられており、航空展示館と商業施設の屋上部分は元の地形に合わせた緑の丘として再生する、建築とランドスケープに一体的に取り組んだプロジェクトです。

平面図

計画断面図

“百湖の都市”と呼ばれる武漢は、観光地としても知られる東湖をはじめ多くの湖があり、水とともに発展してきたまち。そうした背景をふまえて、設計チームが最初にインスパイアされたのは、それらの湖と湖面に映る雄大な空の姿。航空産業のテクノロジーと四季折々に変化する武漢の風景から、先進性と環境性をかけ合わせた「天空と百湖」というデザインコンセプトが生まれたのです。

また武漢は、同じく長江流域にある重慶や南京と並び「3大ボイラー都市」といわれるほど、夏の暑さが厳しい場所でもあります。ヒートアイランド現象が深刻な問題となっており、敷地全体で冷却効果を生み出す、さまざまな取り組みを行いました。

🄫Studio FF

たとえば、緑の丘には百湖の風景をイメージした楕円形の開口部を設け、人工地盤の下に風が流れ込む構造としているほか、広大な屋上緑化がもたらす蒸散作用によって気温上昇を緩和する効果も期待できます。また、高層タワーのファサードの形状を曲線にすることで風の流れをつくり、室内に快適な風を取り込む工夫を施しました。

水害への対策として、降った雨を緑地部分に貯めてゆっくり下に流し、都市の雨水・排水の負荷を低減する、いわゆる「スポンジシティ」化にも取り組んでいます。こうして、緑の丘を中心に、風・水・光・熱を制御することで、ヒートアイランドを抑制する“環境装置”が実現したのです。

新しいライフスタイルは、豊かなパブリックスペースから生まれる

コロナ以降、ここ中国でもコミュニティの場の創出は重要な課題となっています。展示館や商業施設への来場者はもちろん、オフィスワーカー、アパートメントの住民など、さまざまな人たちが行き来するため、多様なアクティビティの受け皿になるパブリックスペースをつくることもまた、同プロジェクトの大きなテーマといえるでしょう。

🄫Bonjing Landscape

翼をイメージしたアプローチから航空展示館へと入り、階段を登ると、緑豊かな屋上庭園が目の前に。空を楽しめる展望デッキやイベントなどで利用できる屋外劇場、子どものためのプレイグラウンドや桜のテラスなどが設けられ、憩いの時間を過ごしたり、四季折々の風景を楽しんだり。多様な人たちがひとつの空の下に集う、そんなストーリーを体現しています。

武漢在来の植物を中心とした植栽についても、森側には既存の植物、丘の上は季節の移ろいが楽しめる花や木々、南側には都市の顔となる街路樹といったようにグラデーションを意識して計画。多種多様な植物で構成される緑の丘には、鳥類をはじめさまざまな生物が生息し、今後地域の生態ネットワークの拠点となることが期待されています。
  • 🄫Studio FF

  • 🄫Studio FF

  • 🄫Bonjing Landscape

  • 🄫Studio FF

既存の緑地とも連携し、開発エリア内だけで完結しない周辺環境とのつながりを生み出しているのもポイントで、このまちで暮らすさまざまな人たちのエネルギーやクリエイティビティを受け止め、カルチャーがつくられ、光谷地区の都市像と新しいライフスタイルを提案するパブリックスペースを目指しました。

こうした“市民に開かれた自然の丘”は、クライアントや地元の行政からも好評で、東側に隣接するエリアには航空をテーマにした国営の公園が計画され、日建設計がデザインを手がけています。水辺のビオトープや森の遊び場など、環境面はもちろんアクティビティについても、人工地盤のWUHAN AVIC PARKでは実現できなかった部分を、今後拡張していく予定の公園が担っていく。これによって、まさに“両翼”が揃ったランドスケープが実現できると考えています。

ランドスケープデザインのスタンダードを目指して

今回のプロジェクトでは、新型コロナウイルス感染症の影響で2020年以降は現地に行くこともできず、写真や映像などリモートでの対応を余儀なくされました。ただでさえ図面通りに進めることが難しい海外でのプロジェクトをやり遂げることができたのは、中国オフィスのスタッフをはじめ、事業者やローカル設計者との信頼関係や連携があったからにほかなりません。

公共性の高いランドスケープデザインにおいては、その土地の歴史はもちろん、文化や社会性を深く理解することが求められます。もちろん“外国人”の立場では難しい部分も多いですが、第三者として客観的に捉えることで、現地の人たちが気づいていない新しい価値や“らしさ”が見えてくるはず。それもまた、海外プロジェクトの難しさであり、面白さなのかもしれません。

🄫Studio FF

むやみに緑化率を高めるのではなく、敷地のコンテクストと制約を読み解き、周辺地域とつながる豊かなパブリックスペースをつくること。今回、WUHAN AVIC PARKで私たち日建設計が実践したプロセスやスタイルが、これからのランドスケープデザインのスタンダードになると信じています。地球温暖化やエネルギー問題への対策、都市への負荷の軽減など、ランドスケープがもたらす価値は、今後ますます高まっていくでしょう。

  • 鈴木 卓

    鈴木 卓

    都市・社会基盤部門都市デザイングループ
    部長

    ランドスケープアーキテクト。千葉大学園芸学部卒業、AAスクール大学院修了。2014年、英国、米国での10年間の設計事務所勤務を経て、日建設計に入社。海外での豊富な設計活動の経験をもとに、国内外にてその土地固有の風土、文化、歴史を丁寧に読み解くことを大切にし、パブリックスペースの設計から都市計画までスケールを横断して人々の暮らしを豊かにする環境づくりに取り組んでいる。主な仕事に、WUHAN AVIC PARK、ミュージアムタワー京橋(IFLA Asia-Pac Award of Excellence 受賞等)、シンガポール「レールコリドー国際設計コンペ」(マスタープラン最優秀賞受賞)など。
    京都芸術大学大学院 特任教授、千葉大学非常勤講師。英国登録ランドスケープアーキテクト(CMLI)。

当サイトでは、クッキー(Cookie)を使用しています。このウェブサイトを引き続き使用することにより、お客様はクッキーの使用に同意するものとします。Our policy.