気候風土を活用した放射冷暖房で、快適かつ省エネルギーな空間の実現へ

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建築物を計画する際に敷地を読み込み、気候風土に根差した計画とすることは、環境建築の実現のために必須のプロセスです。完全に同じ敷地条件の建築計画は2つと存在しませんが、設備計画に関しても同様のことが言えるでしょう。

日建設計が手掛けた電算新本社ビルの「放射冷暖房」計画は、意匠計画・照明計画・気候風土と密接に関係しています。この電算新本社ビルの事例をもとに、気候風土を活用した合理的な放射冷暖房計画をご案内します。

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放射冷暖房とはどのような設備か

放射冷暖房とは何かを説明する前に、一般的な空調設備がどのような仕組みで、どのような特徴があるのかを説明します。

温熱環境において、人は「温度」「湿度」「気流」「放射」「着衣量」「代謝量」の6つの要素によって快適さを感じとります。現在一般的な空調は、気流を活用する対流空調です。対流空調は冷風または温風を送り出し、室内の空気そのものを冷やしたり暖めたりする仕組みになっています。この仕組みは上記の6つの要素のうち、「温度」「湿度」「気流」を調整するものです。ただし、吹き出しによる騒音や対流によるドラフト、室内温度差のムラが生じるなどの課題があります。

ここで、温熱環境の6つの要素のうちの1つ「放射」に注目してみましょう。放射とは、熱が電磁波として運ばれる現象です。熱を持った物体から電磁波が発せられ、電磁波を受け取った物体が影響を受けるというものです。「対流」のように空気や気流を伴わないため、物体同士の間に電磁波を遮るものがなければ届きます。

例えば、熱い鉄板に直に触れていないのに、放射熱で肌にじりじりとした熱を感じることがあるかと思います。放射冷暖房とは、この「放射」の仕組みを活かしたものです。空気や水で温められた、あるいは冷やされた放射面を室内に設置し、温熱環境をコントロールします。放射熱で環境調整を行うため、静かで不快なドラフト感が少なく、快適性の面で優れたシステムです。またそのような特徴から医療施設でも採用されています。

長野の自然のポテンシャルを放射面に活用する

電算本社ビルのある長野県長野市内は、冷涼な外気と豊富な地下水に恵まれた地域です。本案件では、長野という地域の特徴である外気と地下水に着目し、それらを放射面に有効活用しました。

天井の放射面には、地下水を利用しています。この地下水は、地中の熱により年間を通して15℃に保たれています。放射冷房に十分使用できる冷水です。

床の放射面には、外気を利用しています。外気温が高くなる夏期・中間期では、免震層を用いたクール・ヒートトレンチを経由し、外気より冷温な地中熱により冷却されて床面へ供給します。外気温が低くなる冬期では、逆に外気より温度が高い地中熱を利用することで、省エネルギー性に配慮しています。

自然のポテンシャルを活用した放射冷暖房システムフロー
天井は井水による水放射、床は外気と地中熱による空気放射。
長野の恵まれた自然により、体にやさしく快適な空間を、低エネルギーで形成することができます。

長野県長野市の恵まれた自然のポテンシャルである外気、地中熱、地下水に着目することで、省エネルギーで体に優しく快適な冷暖房を実現させました。

放射面の計画で、放射冷暖房の効果を最大限に活かす

放射冷暖房の場合、空間に対して放射面が占める割合が重要です。より広い面で放射環境を調整することで、快適な空間の実現が可能となります。本案件では、放射面として天井面放射、床面放射、窓面放射を採用しました。

電算本社ビルでの放射冷暖房システム概要

床面放射は空調機からの給気をOAフロアの床面から染み出させる「床染み出し空調」とすることで、フロア下部から空間全体の空気を押し上げ、執務空間に新鮮な空気を効率的に取り入れます。従来の空調に比べて、空調吹き出し口からの距離の遠さによる空調ムラや吹き出し風による不快感も抑えられます。また噴き出す冷気で床面全体が冷却されることにより、放射冷房効果も得ることができます。それから天井面に設置されることの多い吹き出し口やグリルを減らすことができるため、デザイン性にも配慮した設備計画となっています。

窓面はペリメーターゾーンと呼ばれ、温熱環境においてとても重要な範囲と考えられています。面積が大きい場合、放射環境にも影響が大きくなります。そこで、この窓面にいくつかの工夫を施しました。

冬期はLow-E発熱ガラスにして放射環境を調整しました。夏期・中間期は庇とブラインド自動制御で太陽からの直逹日射を遮蔽し、エアバリアファンを稼働させて窓際に空気の流れを作り出しました。

これらの放射環境調整の技術により、1年中快適に過ごせる放射環境を整えました。

照明計画によって熱負荷を軽減させる

天井に設置されていることが多いため、普段気になりづらい照明の発熱。しかし温熱環境において、照明の発熱は決して見過ごせるものではなく、空調のエネルギー消費にも関係します。照明の発熱を上手く処理することで、執務空間の快適性や省エネルギー化が実現します。

本案件ではアルミパンチング製の天井に熱交換した冷水を通し、放射冷房を行います。天井に取り付ける照明は発光体を室内側、照明の発熱体を天井裏に設置することで、良好な執務空間を目指しました。

スクリーンライト

  • 熱分布画像(新本社)
    天井面が冷却されており、放射熱により包まれた様子が確認できる。照明器具の発熱部分は天井裏に隠蔽しており、放射熱のムラを低減している

  • 熱分布画像(旧本社)
    照明発熱部分が熱く、空調吹き出し口の部分が冷たく、放射熱環境にムラが大きい。

また集中しやすい執務空間にするため、頭寒足熱の観点から天井放射は冷房のみとし、暖房時は天井放射を停止するように設計してあります。
放射面、照明の光と発熱を考慮し、天井面内の照明設計を慎重に行うことで、快適な居住環境にすると共に省エネルギーへの配慮を実現しました。

気候風土と建築主の要望を踏まえて空調システムの最適解を導く

同じ敷地がないのと同様に、一度作った建築計画が他の案件で使われることはありません。本案件では本社ビルという機能上、快適な執務空間と徹底した環境配慮が求められました。そして長野県長野市という立地と、建築主からの要望を踏まえて、冷暖房設備計画において最適解を導く姿勢で臨んだ結果、地下水と外気を利用した放射冷暖房の提案に至りました。

日建設計ではどれ1つ同じ条件がない各プロジェクトに対して、特定の技術や知見をただ適用するのではなく、敷地のもつ特性などあらゆる変数を統合して最適解を導き出します。確かな環境・設備の技術力と、プロジェクトの与件に応じて環境技術を建築と融合させる提案力が、組織設計事務所である弊社の強みだと考えています。

  • 伊藤 浩士

    伊藤 浩士

    エンジニアリング部門 設備設計グループ 
    アソシエイト

    早稲田大学大学院を修了後、日建設計に入社。国内外の機械設備設計を担当。建築デザインと調和した環境・設備エンジニアリングによる設計を目指している。様々なプロジェクトにおいて、放射冷暖房のような、人の快適性に立脚した技術を提案・実践している。学術的な視点で予測・検証を行うことも重要と考えており、学会論文等を通じた外部への発信も意欲的に行っている。電算新本社で環境設備デザイン賞最優秀賞他。一級建築士、建築設備士、LEED AP BD+C

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